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300年の歴史で初の女性ねぶた師 悔しさをバネに大型を作成

300年の歴史において初の女ねぶた師・北村麻子さん

 歴史をひもとくと、起源は8世紀の奈良時代ともいわれるねぶた祭。青森県青森市で毎年8月2日から7日に開催される青森ねぶた祭は、約300年前から行われていた記録があり、1980年には国の重要無形民族文化財に指定された。津軽の夏の夜に鮮やかに輝くねぶた。毎年、全国から訪れる約300万人が「ラッセラー、ラッセラー」の掛け声とともに盛り上がる。

 祭りに出品されるねぶたは毎年22台前後。地元企業や商工会などが、ねぶたを専門に作る「ねぶた師」に作成を依頼。ねぶた師は歴史上の題材をもとに構想を練り、下絵から台座作り、骨組み、色つけまで1年近くの時間をかけて完成させる。大きいものだと長さ9m、奥行き7m、高さ5mとかなり巨大だ。ねぶた作りは、角材や針金を使う骨の組み立て、脚立に上りながら高さ5mのところで紙を貼り色をつけるなどの力仕事が続く。そのためずっと“男の仕事”とされていた。

 そこに風穴を空けたのが、北村麻子さん(32才)だ。4年前、300年の歴史において初の女ねぶた師になった。

 北村さんの父・隆さん(67才)は、「平成の名人」といわれるねぶた師。優れた技術と功績のあるねぶた師に授与される「第六代 ねぶた名人位」を持ち、今も第一線で活躍している。

「ねぶたは青森の人にとって特別なものです。幼い頃から、父の存在は私にとって特別でした。でも当時は女性がねぶたをするという考え自体がなく、ねぶた師になろうと思ったことはありません」

 2007年に隆さんが作った「聖人 聖徳太子」がねぶた大賞を受賞したのが大きな転機となった。

「不景気のためねぶたの受注台数が減り、父も苦しんでいた時期でした。でも父は苦境の中で素晴らしいねぶたを制作しました。苦しいとき、そこから這い上がってきた姿は心を動かしますが、私もそんな父の姿に心を動かされたんです。父の代で何十年と培ってきたこの技術を絶対終わらせちゃいけないと思いました」

 ねぶた師になることを決意した麻子さんだが、その道のりは険しかった。“女性はねぶた師になれない”という暗黙のルールがあったからだ。

「女性が手伝わせてもらえるのは『紙はり』といって骨組みに紙を貼る作業だけ。女はダメだという父の考えがわかっていたので、正面から弟子入りを頼んだところで拒絶されると思っていました。なので、断れないよう徐々に周りを固めてしまおうと。筆や絵の具を使って見よう見まねで3か月くらい時間をかけてねぶたの下絵を描き、父に見てもらったんです。すると父は『よく描いたな』と言ってくれて、色の塗り方や全体のバランスなどいくつかアドバイスをくれました」

 このとき麻子さんが作った下絵はまさにねぶたの設計図となる重要なもの。下絵の段階で全体の構成や色を決め、光が灯ったときにどうなるかといった立体的な完成図を頭に描いておく。その下絵にアドバイスをもらったため、弟子として認められたと安心した麻子さんだったが、それは違った。

「翌年、ねぶたの制作小屋に行っても、父にも他の職人さんにも全然相手にされませんでした。帰れとも言われないけど、声をかけてもらえない。多いときで10人が作業をしているのですが、私だけ完全に無視されて、その場にいないのと一緒でした。

 それは1年間変わりませんでした。同じ時期に入った男性には指示が飛ぶのに、私には指示がない。女じゃなければよかったのに、と考えると悔しかった。父の前では泣かなかったけれど、陰で泣いたこともあります」

 教えてもらえないなら自分で先輩たちの技を盗むしかない――麻子さんは、いつでも指示を受けられるよう、隆さんや兄弟子の作業を盗みながら勉強し、黙々とメモを取り続けた。

「人生で初めて熱中できたねぶたをやめようとは一度も思いませんでした。小さい仕事でも頼まれて、うまくできればまた新しい仕事がもらえると思い、ひたすらチャンスを待っていました」

 小屋に通い始めて2年目。ようやく簡単な仕事を任されるようになり、次第に作業量は増えていった。初めて心からやりたいと思った仕事だから、小さな仕事でも楽しくてうれしかった。

 女であることに悔しい思いをしながらも制作現場に立ち続けて3年目の2010年、横幅2m、奥行き1.5m、高さ1.5m程度の小型ねぶたの制作にチャレンジした。父の推薦を受けての制作だったが、展示された作品を見た時、麻子さんは涙を流した。

「悔し涙です。他の先輩たちのねぶたと一緒に5台が並ぶのを見ると、いちばんできがよくなかったんです。青森市民ねぶた会の会長からは“あの北村隆の娘なのに、なんてへたなんだ”とまで言われてしまったんです」

 しかし、そのすぐ後に依頼を受けて中型ねぶたを制作することに。小型ねぶたの反省を生かし、中型ねぶたを完成させた。「自分のやり方でやってみたい」というこだわりを捨て、隆さんの指導に正面から向き合ったのだ。

 それを見た会長は“成長ぶり”を評価し、2011年には青森市民ねぶた実行委員会から翌年の青森ねぶた祭に出陣する大型ねぶたの制作を依頼された。

※女性セブン2015年8月13日号

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