オアシスのない砂漠を彷徨い、水が尽きてしまった。そんな折、目の前に商人が現れ「100カラットのダイヤか、一杯の水のどちらかを差し上げよう」と提案された。命の危機に瀕したら、迷わず水を選びますよね。ぼくにとって無価値なダイヤが記録で、命をつなぐ水こそがヒットでありホームランでした。
それでも毎日、広島市民球場を埋めたファンから野次られればやる気がどんどん削がれ、「練習したって一緒じゃないか」と自分に言い訳して、ずるを決め込む。ただ一方でこの不振を抜け出すには練習するしかないことも承知していました。すると今度は弱気になっている自分を奮い立たせるだけのエネルギーが自分の中にないことに気づくのです。
野球人生で初めてスランプに陥ったぼくが、藁にもすがる思いで手にしたのが、本でした。プロ野球の先人に限らず、ノーベル賞受賞者、松下幸之助さんをはじめとする偉大な日本の経営者の本を読みあさりました。成功者が書いた本というのは、文面に成功するためのアイディアや苦境を抜け出すためのヒントがたくさん隠れている。布団に横になりながら本を読んでいると、ぼく自身も「あと素振り50回やってから寝た方がいいんじゃないか」という気持ちにもなり、何度も飛び起きてバットを手に取ったものです。
そして、最もエネルギー源となった一冊が、鎌倉にある報国寺の住職だった菅原義道さんが書かれた『死んだつもりで』だったんです。知人に薦められたこの本の「まえがき」にはこうあります。
《負けてたまるか、死んでたまるか、勝てば官軍、負けてなんの理屈がある。どうやってでも勝て、というのが私が最近若い人に与える説教である》
スランプに苦しむ中で、ぼくは「明日、地球が爆発したらいいのに」と思うぐらい、追い込まれていました。しかしこの本ではむしろ、毎日を死んだつもりで生きれば道は拓けていくと説いている。そこではたと、自分は己を知らなかったんだな、と気づくのです。
(女性セブンの大好評連載「いつも心にこの一冊を」では毎回、様々な分野の著名人が「大切な一冊」との出会いと人生について語っています。そちらもご覧ください)
※女性セブン2015年8月13日号