〈ここではどんな危ない発言もOKです。ここは治外法権みたいなものですから。〉

 何かの討論会の司会で、こんなことを言った記憶がある。これが完全な誤用であった。優れた法哲学者である長尾龍一の著作でそれを知り、自分の無知に冷汗が流れた。

 私は「治外法権」を国家権力の統治が及ばない状態というような意味で使っていた。これは、一九七〇年前後の学生叛乱の時代、「大学は治外法権状態になった」というような新聞記事をよく目にしたからである。しかし、それは「無政府状態」「騒乱状態」であって「治外法権状態」ではない。

 長尾龍一は「治外法権」という訳語が誤解を生じさせやすいのだ、と言う。

 原語は、英語ならextraterritoriality「外の・領地権」である。日本はかつて上海に租借地を持っていた。ここは外国ではあるが、日本の「法権」下にあり、支那の法律は適用されない。これが治外法権なのである。むしろ「外地法権」とでも訳すべきであった。

 先日も某全国紙の論説委員が誤用していた。情ないなあ。俺はまだましだ。「過ちては改むるに憚ることなかれ」と論語にはある。ほんの一歩でも先に改めているのだから。

※SAPIO2015年11月号

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