また、研究の副産物には驚くべき新事実もあった。従来、心臓は脳の制御下にあるとされてきたが、実は両者の間には〈双方向性〉の制御回路が存在し、必ずしも脳が一方的上位にあるとは言えないことがわかったのだ。つまり心は脳だけでなく、ハートにもある!?
「もしそうならそれこそ面白い。少なくともマウスに関しては心臓にも脳に働きかける中枢機能がある可能性がでてきたのですから。
そもそも心筋にアセチルコリン産出機能が備わったのも生物が地球上で生き抜くため。現に30億年前の原始生物からも発見されているアセチルコリンは神経系が発達する4億年前より遥か昔からあった普遍的な物質です。
その元々あるものを最適化しながら変化に順応してきたのが人類で、その生命の神秘の象徴ともいえる、すでにそこにあったNNCCSを自分はたまたま発見できただけなんです」
取材日はノーベル生理学賞発表の日。「NNCCSもとれそうですか」と聞くと柿沼氏は「あはは」とだけ笑い、かわりにこう言った。
「我々がこの研究を始めた地方国立大学では資金も潤沢ではありませんでした。あまり選択と集中で裾野を狭めすぎると、瓢箪から駒もない(笑い)」
日本人研究者による連続受賞に沸く今、その裾野の豊かさと静かな熱さにこそ、私たちは敬意を払いたい。
【著者プロフィール】柿沼由彦:かきぬま・よしひこ/1962年東京生まれ。千葉大学医学部卒、筑波大学大学院医学研究科修了。専門は循環制御学。米ヴァンダービルト大学メディカルセンター研究員、日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員、高知大学医学部准教授を経て、日本医科大学生体統御学分野大学院教授。2009年、非神経性心筋コリン作働系(NNCCS)を発見し、翌年Ed Yelling賞を受賞。2013年には同機能亢進マウスによる心筋虚血耐性機構を報告。167cm、72kg、O型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年11月6日号