仮説→実験→また反証と、本書では途方もないトライ&エラーの末に「わかる」に至る過程を詳述し、まるで現場にいるようなスリルや臨場感も魅力の一つだ。
「有効な実験方法を見つけるまでに何年、結果が出なくて何年と、失敗や遠回りの方が多いのが我々の日常で、それでもその研究を心底楽しんでいれば、ストレスは一切たまりません(笑い)」
こうして2009年、柿沼氏らは心筋細胞が自らアセチルコリンを産出するシステム、略称〈NNCCS〉の存在を立証。さらに2013年には、NNCCS機能を人為的に亢進させたマウスでは心筋梗塞等の虚血性疾患に対する耐性が高まり、実に92.3%のマウスが心筋梗塞を起こしても死なないことを、実証してみせた。
それにかわる代替方法には薬物投与と、もう一つは〈下肢圧迫〉で虚血状態を作る方法があり、目下これがヒトにも有効か、実験を進めているという。
「血管圧迫だけでアセチルコリンの産出を促すことができれば薬に頼らずに済み、心筋梗塞の予防戦略は今後大きく変わるかもしれない。我々の発見以降、細胞全般のアセチルコリン産出機能を巡る、より包括的概念〈NNA〉に関しても並行して世界各地で研究が進みつつある。面白いのは歴史的に大きな発見ほど同時多発的に起きるものなんです」