「古本の街」として知られる東京・神保町では、先週まで恒例の「神田古本まつり」が開催され、多くの本好きたちで賑わった。古書店街には、1冊で数十万~数百万円もの値が付けられた貴重な本が並ぶ店も存在するが、家族が高価な古本を勝手に売却してしまった場合、法的に問題はないのか? 弁護士の竹下正己氏が回答する。
【相談】
海外赴任を終えて実家に戻ると、蒐集していた古本が妹によって売却されていました。妹の弁明は、本の重さで床が抜け落ちると危惧する母親から頼まれ売却したとのこと。でも、断わりもなく高価な古本を売却したのは許せません。売却金の返金は当然として、慰謝料などを求めてもかまいませんか。
【回答】
独立後も実家に物を置いている関係は、親に物を預ける「寄託」となります。親はタダで預かるのが普通で、民法の「無報酬で寄託を受けた者は、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、寄託物を保管する義務を負う」との規定により、保管の責任が軽減されます。
自己の財産に対するのと同一の注意とは、普通の人の場合を上限にして、人それぞれがもっている注意力で、自分のものを保管するときと同様の日常払う程度のものをいいます。他人の物という慎重配慮は、要求されません。もっとも、これは保管方法の注意であり、売り払いでは保管になりません。
しかし、本が大量で重いことを親が知っていたり、気付くことができた場合を別にし、民法では原則として「寄託者は、寄託物の性質又は瑕疵によって生じた損害を受寄者に賠償しなければならない」とも定めています。
本の重みで家の床が抜けると、あなたに損害賠償責任が生じます。こうした危難を避けるため本を持ち出して、庭先に野積みしても受寄者の注意義務違反にはならないでしょうが、売却までするのは確かにあなたの所有権を侵害した不法行為です。
しかしながら、場所がなく家を守るには売るしかなかったと仮定すれば、「他人の物から生じた急迫の危難を避けるため、その物を損傷した場合」として緊急避難となり、違法性を欠きます。
次に、貴重な古書を売った値段が安すぎた点の過失の問題も出てきます。ただ、あなたが貴重だと思っても損害は客観的な財産価値で決まります。また、妹さんが売った値段が安いとしても、誰が見ても貴重と思う稀覯本(きこうぼん)でないと値段の決め方の過失が認められるか疑問です。
結局、売った代金以上の請求は無理です。そんなに大事な本であれば、なぜ親に話しておかなかったのかと反論されるでしょう。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2015年11月13日号