ライフ

「壊された建築」に着目 破壊から出発し再生を考える建築学

 戦争、自然災害、原発事故。現代社会は破壊と隣り合わせにある。惨劇のさまは、つねに建物の残骸によってわれわれの目に焼きつく。

 広島の原爆ドーム、9.11の破壊されたワールド・トレード・センター・ビル、あるいは3.11の津波で破壊された家屋や、福島の原子力発電所。一九九五年の阪神淡路大震災も多くの人にとって記憶されるのは、あの断絶された高速道路の光景ではないか。

 建築や建造物は、完成された美しい姿よりも、むしろ破壊された無残な姿によって記憶されることがある。建築学の五十嵐太郎の『忘却しない建築』は、この「壊わされた建築」に着目する。負の記憶によって、建築を、何よりも惨劇そのものを記憶しようとする。いわば、破壊から出発する建築学で、多くのことを考えさせる。

 建築家は、建物が完成した時の明るい姿だけではなく、それが、戦争や自然災害、あるいは原発事故によって破壊された姿を記憶にとどめなければならない。復興、再生の出発点には、破壊の記憶がまずある。

 建築を破壊から考える。この考え方は、実に新鮮。ただやみくもに仮設住宅や、「新しい町づくり」を考えるだけでは本当の復興、再生にならない。東日本大震災のあと、「瓦礫を片づける」ことが復興とされた。そのことによって惨劇が、視界から消えた。確かに、無残に壊われた建物をそのままにしておくことは、遺族にとって苦痛である。早く消したいと思うことは自然な感情である。

 他方で、あの惨劇を忘れないために、「負の遺産」を残しておくことも大事なのではないか。広島の「原爆ドーム」が残ることによって平和のシンボルになったように。

 著者は卓上の議論をしているわけではない。震災後、被害を受けた町や村を自分の足で歩いて、破壊された惨状を自分の目で見ている。

 壊われた建築を目にすることから再生を考える。著者が手がけたという福島県相馬市に作られた仮設住宅の話は興味深い。仮設住宅に壁画とそして塔を作ったという。どちらも住民に直接役立つものではない。しかし、それが「心のシンボル」として、破壊からの復興の象徴となったという。

文■川本三郎

※SAPIO2015年12月号

関連キーワード

関連記事

トピックス

初公判では、証拠取調べにおいて、弁護人はその大半の証拠の取調べに対し不同意としている
《交際相手の乳首と左薬指を切断》「切っても再生するから」「生活保護受けろ」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が語った“おぞましいほどの恐怖支配”と交際の実態
NEWSポストセブン
芸能活動を再開することがわかった新井浩文(時事通信フォト)
「ウチも性格上ぱぁ~っと言いたいタイプ」俳優・新井浩文が激ヤセ乗り越えて“1日限定”の舞台復帰を選んだ背景
NEWSポストセブン
国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白(左/時事通信フォト)
「あなたは日テレに捨てられたんだよっ!」国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白「今の状態で戻っても…」「スパッと見切りを」
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン
ドラフト1位の大谷に次いでドラフト2位で入団した森本龍弥さん(時事通信)
「二次会には絶対来なかった」大谷翔平に次ぐドラフト2位だった森本龍弥さんが明かす野球人生と“大谷の素顔”…「グラウンドに誰もいなくなってから1人で黙々と練習」
NEWSポストセブン
小説「ロリータ」からの引用か(Aでメイン、民主党資料より)
《女性たちの胸元、足、腰に書き込まれた文字の不気味…》10代少女らが被害を受けた闇深い人身売買事件で写真公開 米・心理学者が分析する“嫌悪される理由”とは
NEWSポストセブン
ラオスを訪問された愛子さま(写真/共同通信社)
《「水光肌メイク」に絶賛の声》愛子さま「内側から発光しているようなツヤ感」の美肌の秘密 美容関係者は「清潔感・品格・フレッシュさの三拍子がそろった理想の皇族メイク」と分析
NEWSポストセブン
国宝級イケメンとして女性ファンが多い八木(本人のInstagramより)
「国宝級イケメン」FANTASTICS・八木勇征(28)が“韓国系カリスマギャル”と破局していた 原因となった“価値感の違い”
NEWSポストセブン
今回公開された資料には若い女性と見られる人物がクリントン氏の肩に手を回している写真などが含まれていた
「君は年を取りすぎている」「マッサージの仕事名目で…」当時16歳の性的虐待の被害者女性が訴え “エプスタインファイル”公開で見える人身売買事件のリアル
NEWSポストセブン
タレントでプロレスラーの上原わかな
「この体型ってプロレス的にはプラスなのかな?」ウエスト58センチ、太もも59センチの上原わかながムチムチボディを肯定できるようになった理由【2023年リングデビュー】
NEWSポストセブン
「戦後80年 戦争と子どもたち」を鑑賞された秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さま(2025年12月26日、時事通信フォト)
《天皇ご一家との違いも》秋篠宮ご一家のモノトーンコーデ ストライプ柄ネクタイ&シルバー系アクセ、佳子さまは黒バッグで引き締め
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組の抗争相手が沈黙を破る》神戸山口組、絆會、池田組が2026年も「強硬姿勢」 警察も警戒再強化へ
NEWSポストセブン