宵闇迫る山里に、笛や太鼓の賑やかな囃子が響き渡る。子供たちは「神様がきた!」と声を弾ませ、大人たちは姿勢を正し、頭を垂れて祈りを捧げる。農閑期の11月中旬から翌2月上旬まで、宮崎県高千穂町の20の集落で、33番の神楽の歌舞が夜を徹して奉納される。収穫に感謝し、五穀豊穣を願う「高千穂夜神楽」である。
夜神楽の歴史は古い。1900年前に創建された高千穂神社が所蔵する1189年の古文書『旭大神文書』に「神楽」に関する記述がある。800年以上連綿と続くこの伝統の祝祭は、1978年に国の重要無形民俗文化財に指定された。
夜神楽の儀式は、集落の氏神が祀られる神社で執り行なわれる神官や地元の世話人による「神迎え」の神事から始まる。その後、神輿に乗せられた御神体は、天孫降臨の際に道案内をしたことで知られる神・猿田彦命に先導されて白昼の集落を巡り、練り歩きながら舞いを納める「道行き」を経て「神楽宿」に辿り着く。
神楽宿とは、神楽が奉納される民家や公民館のことで、「神庭」と呼ばれる神楽の舞台が設けられる。
神庭の上で祭囃子を奏でる者や舞い手を、高千穂では「ほしゃどん(奉仕者)」といい、50年以上務めるベテランも少なくない。神庭の正面には、御神体と各集落に伝わる神面が並ぶ。集落によっては江戸時代の神面を持つところもある。
午後6時を回る頃、神楽の幕開けを告げる「御神屋始め」を皮切りに33番の神楽が始まる。
女性の帯をたすきにして踊る「太刀神添」や「弓正護」、太鼓の上で逆立ちする「八鉢」といった様々な神楽のなかでも、最も盛り上がるのは午前3時頃に奉納される「御神体」の歌舞。2人の神が酒を飲みながら絡み合うユーモラスでエロティックな舞いは笑いを誘う。
神楽の内容や順番は集落によって違いがある。それは各集落の個性として伝承されてきたものだ。11月22日に自宅で神楽宿を担った上野地区の甲斐操さんが語る。
「かつて夜神楽は若い男女の出会いの場でもありました。夜神楽がきっかけで結ばれた方々もずい分います。時代は変わりましたが、県外に出た若い人たちも、夜神楽には里帰りして顔を合わせる。皆が集まる場であることは今も変わりません」
今年もまた神々の舞いは朝まで続き、厳かな霊気に包まれ、夜神楽は静かに幕を閉じる──。
撮影■太田真三
※週刊ポスト2015年12月18日号