東京の私立中学入試のほとんどは2月6日に終わった。今年度は、私もいくつかの試験会場を覗いてみた。各学校は、体育館や食堂などを付添者控室として開放している。我が子の受験中、親がそこで待機するのである。
本番当日の控室はどこもピリピリしているのだろう、と想像していた。だが、実際の現場は違っていた。緊張感はあるのだが、それよりも髪を乱したまま机にうっぷしている母親の姿がやたらと目につく。すっぴんママも少なくない。彼女たちの大半は、見るからに疲労困憊していた。
それはそうなのである。中学受験生を抱えた親は、子供の塾通いと模試受験の繰り返しに長期間、明け暮れる。塾にポンと金を払ったらあとはお任せなんていうのは幻想で、毎日配布される大量のプリント管理、宿題や課題の確認、受験校選びの情報収集と分析と判断、塾の先生とのコミュニケーション、子供のモチベーションアップを図るあれこれ、塾弁(子供に持たせる夕食用弁当)づくり、ときには子供と一緒に問題解き……と仕事が山積みなのだから。
子供は基本的に自分勝手なモンスターだ。ごく一部の大人な受験生を除けば、親がこんなに支援してくれる自分は恵まれている、自分にできることは精一杯頑張ることだ、なんて殊勝な心がけで受験に立ち向かうわけがない。それどころか、さぼるし、ウソをつくし、逃げるし、泣くし、潰れそうになるし、谷あり谷あり谷ありの連続が、中学受験の平均像なのである。
そうした逆境に陥るたび、受験生の親は考え込む。「こうまでして志望校を目指させるのは自分のエゴじゃないか」と。それでも受験を続行させるための大義を探す。「子供と真剣に話し合って決めたことだから」「この頑張りがきっといつか将来子供の生きる糧になるから」「文化祭を見に行って、ここに通う!と目を輝かせた我が子の願いをかなえさせたいから」などなど、親自身のモチベーションをキープするための言葉をその都度探す。
2009年にプロ家庭教師の瀬川松子氏が著書『亡国の中学受験』で「ツカレ親」の実態を赤裸々に報告していたが、本当に中学受験は保護者を心身ともに疲弊させる。苦労が「第一志望合格!」に結実すればいいが、その喜びを味わえるのは全体の2割もいないだろう。過半は、落ちる。第二志望、第三志望に引っかかればいいほうで、お試し受験校以外「全落ち」というケースだって少なくない。
そうなると、子供も辛いが、まだ幼い子供にこんな辛い思いをさせてしまった自分を責める親は、もっと辛い。比較に意味がないことは当然だが、どっちが辛いかと言うなら、活発な新陳代謝で心の凹みの回復も早い子供より、あれこれ考えて心の複雑骨折をしがちな親の方なのだ。