「のり平さんは舞台はいいけど、映画はあまりね。顔の印象が強すぎるんだ。舞台だとあの顔が物凄くいいんだけど、映像になると邪魔になる場合がある。
森繁さんは舞台とはまた違う、『映画的な喜劇』をやっていた。本人は喜劇っぽくやっていないのに、見る方からすると喜劇に見えてきて面白く感じてしまうという。『夫婦善哉』とかね。自然と喜劇になっている。あれでかなり勉強になりました。
そういうのが本当の喜劇じゃないかと思う。チャップリンでいうと、若い頃のよりも晩年の『ライムライト』みたいなのが真髄なんじゃないかな。どこかペーソスが漂うような芝居。だから僕は、喜劇は悲劇の裏返しだと思っている。泣いて笑って……っていう芝居が、一番好きなんですよ」
森繁とはその後、舞台でも共演するようになる。
「森繁さんはセリフが分からなくなると、前に出る。プロンプが後ろにいるんだから下がればいいのに。のり平さんは下がる人でした。森繁さんが言うには『のりちゃんは芸人だけど、俺は芝居の教祖だ』と。教祖だから自分が『分からない』という素振りは見せずに、相手が間違えているように見せるんだ。
まあ二人ともセリフの覚えは悪いですよ。でも、それが味になっちゃうんだ。いくらセリフを上手く言ったって、味のない役者はダメだということを教えられました」
●かすが たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』(文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』『市川崑と「犬神家の一族」』(ともに新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
◆撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2016年5月27日号