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2016.05.22 07:00  週刊ポスト

左とん平 いくらセリフ上手くたって味のない役者はダメ

芝居について語る左とん平

 喜劇役者としてはもちろん、音楽的再評価によって音楽好きな若者からも知られる存在となっている左とん平。左が語った若手時代の思い出と、芝居について語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』からお届けする。

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 左とん平は1957年に作曲家・三木鶏郎の劇団に入団する。その後、新宿コマ劇場の舞台に立つようになり、喜劇役者としてのキャリアを積んでいった。

「子供の頃は赤面症だったんだよね。人と話をすると、なんとなくあがっちゃうような。それが、クラス会で落語のものまねみたいのをやったらウケたんだ。それで『あれっ、俺は才能があるんじゃないか』と勘違いして、コメディアンになりたいと思うようになって。

 新宿コマでは大部屋から始まったんだけど、誰も師匠がいないからね。それで、先輩たちの芝居を袖からずっと見ていた。タダで修業できるんだから、こんなにいいことはないって感じでね。特に参考になったのは、脱線トリオの八波むと志さん。歯切れのいい、テンポのいい芝居が好きで、それをマネしてた。
 
 特訓するとかいうんじゃなくて、体に染み込ませて自分が芝居した時にバッと出てくる感じというのかな。だから、今でも若い奴らには『人の芝居を見て勉強しろ。誰も教えてはくれない』と教えてます。

 その後は、三木のり平さんに傾倒した。のり平さんには『お前、ちょこちょこ笑わせすぎだ』と言われました。『それを一つにまとめて大きな笑いをとれ』と。

 そのために大事なのは『伏線だ』とのり平さんは言います。伏線を張っておいて、そこから大きな笑いへと?げていく。あざとい芝居して小さく客を笑わせたとしても、それは失笑みたいにしかなってないんだよね」

 1960年代にはクレージーキャッツやドリフターズのコメディ映画に出演するようになる。その時に参考にしたのは、森繁久彌の演技だったという。

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