ソクラテスは、最終的に裁判官たちの票決、361対140票で死刑が確定しました。死刑に投票した人たちにソクラテスは言いました。
「私が従軍した3つの戦場において、命の危険に面しても持ち場を離れなかったように、今、神が私に与えた持ち場である哲学の研究を、命の危険のために放棄するようなことはしない」
ソクラテスの哲学は、ソクラテスにとって、自己の命を超えた価値、すなわち宗教だったのです。無罪に投票した人たちにソクラテスは言いました。
「死は幸福であるという大きな希望がある。死は完全なる意識の消滅か、あるいは別世界への移動か、この2つのどちらかである。完全なる意識の消滅なら、夢も見ずにぐっすり眠れた夜のようであり、これほど楽なことはない。また、別世界に生まれ変わるのであれば、これまた楽しい。オルフェウスやホメロスと対話できるのであれば、どれだけの対価を支払ってもいい」
死に関しても、ソクラテスは「無知の知」に触れます。人は、自分の死について何も知らないのに、それを恐れているのです。
●たなか・まさひろ/1946年、栃木県益子町の西明寺に生まれる。東京慈恵医科大学卒業後、国立がんセンターで研究所室長・病院内科医として勤務。1990年に西明寺境内に入院・緩和ケアも行なう普門院診療所を建設、内科医、僧侶として患者と向き合う。2014年10月に最も進んだステージのすい臓がんが発見され、余命数か月と自覚している。
※週刊ポスト2016年8月5日号