〈必ず返事は出せ。たとえ結果が相手の思い通りでなかったとしても、「聞いてくれたんだ」となる。〉

 角栄には地元ばかりでなく、各業界、福祉団体など数多くの陳情が寄せられた。「よっしゃ、よっしゃ」と何でも二つ返事で引き受けたわけではない。

 あるとき、肢体不自由児の福祉施設「ねむの木学園」の創設者で知られる女優の宮城まり子が田中邸に飛び込んできた。

「施設には、すばらしい頭脳を持った子供たちがいます。ですが予算がつけられているのは小中学校までで、いくら頭が良くても高校に進学できない。どうか高校で学べる予算をつけてください」

 黙って聞いていた角栄は、「知らなかった。返事はすぐには無理なので待って欲しい。必ず返事をする」と答えた。そしてその年の予算編成で予算をつけた。

 陳情を受けても実現できなかった場合もある。けれども必ず返事を出した。そうすると、「あの田中角栄が話だけでも聞いてくれた」となる。

 角栄は自分が恩を受けたときの心構えを、こう説いている。

〈これみよがしに「御礼に参上した」とやってはいけない。相手が困ったとき、遠くから、慎み深く返してやるんだ。〉

 角栄の言葉の裏には、人間心理の機微を知り尽くした行動が伴っていた。「人たらし」の真骨頂である。

※SAPIO2016年9月号

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