「最近でも皇族方や職員を交え、御所では卓球や百人一首に興じられることが多くあります。陛下、お強いんですよ。相手の手の内を読む勘がいいといいますか、とにかく勝負どころでの集中力にはすごいものがありました」(前出・別の宮内庁関係者)
優しさだけでなく、時には厳しさも表に出された。子育てには、常に父としての厳格さを持ってあたられてきた。
「教育係を置かず“子育ては極力夫婦で”と話されるほど陛下は教育熱心でした。皇太子さまが幼い頃、毎年のクリスマスパーティーにプレゼントはありませんでした。“物”より大切な“心”を育むためだったのだと思います。子供心にはおもちゃがきっと欲しかったでしょうが、将来の天皇という皇太子さまのお立場も鑑みて、厳しく接されたのです。
また、秋篠宮さまが小学生の時、ペットのテンジクネズミ(モルモット)を池で泳がせようとして、死なせてしまったことがありました。ちょうど通りかかられた陛下に、秋篠宮さまは“池で泳がそうとしたら、死んじゃった”と。すると次の瞬間、陛下は黙ったまま秋篠宮さまを池に投げ込まれたというんです。命の尊さを身をもって教えるためのものでした」(前出・宮内庁関係者)
その厳しさも、家族に対する愛情の表れ。その慈しみ深い愛は美智子さまにも注がれてきた。成婚当時、民間初の皇太子妃として皇室に嫁いだ美智子さまは、内外からの逆風にさらされた。
「その頃、陛下の計らいもあり、美智子さまは学生時代の友人を招かれ、今でいう“女子会”をすることが大きな息抜きのひとつだったんです。そんな時、陛下は、なにも言わずそっと席を外され、おひとりで読書や音楽鑑賞をされていたといいます。美智子さまのため、ご友人同士リラックスした時間をつくろうとされたのだと思います。ときには、おしゃべりが弾むようにと陛下が紅茶をいれられたこともあったそうです」(前出・別の宮内庁関係者)
「気遣いの人」で「マメ」。生まれたときから天皇になる未来が決まっていた陛下にとって、やはりそれは重要な要素だったのだろう。
「雨の日のお出ましの際、陛下がよくビニール傘を使われていることを不思議に思ったことがありました。これも、実は気遣いの表れ。周囲から顔がよく見えるようにとわざと透明な傘を使われているんです。似たようなことは、2012年に山梨を訪問された時にも。お召し列車から、両陛下は沿線の人々に手を振られていました。それは、田園地帯などほとんど人がいないような場所でも続いたのです。“自分の姿を見たいと思って1人でも沿線で待っていたら、がっかりさせてしまうから”と、揺れる車内でずっと立ちっぱなしでいらっしゃいました」(前出・皇室記者)
陛下の素顔を垣間見ることで、ビデオメッセージのお気持ちは、より深く私たちの胸に響いてくる。
撮影■雑誌協会代表取材
※女性セブン2016年9月1日号