ライフ

鹿島茂氏「ポルノは文化の指標。衣食足りて変態を知る」

フランス文学者・鹿島茂氏

 日本ではポルノ文学が独自の進化を遂げてきた。フランス文学者・鹿島茂氏は、「世界の文学者も日本の官能小説には一目置く」と語る。豊穣な「性表現」の世界に、鹿島氏とともに分け入った。

 * * *
 なぜ多くの作家たちが“性”の表現に取り組んできたのか? そこには言葉というものの限界に挑まんとする彼らの思いがあったように感じる。

 言葉とは、多くの人々の間で共有されているものだ。だからこそ文章を書くことは、自分自身の感情や思想を、手垢のついた借り物にのせて発信しなければならないというジレンマが付きまとう。しかも言葉とは、音声が伴っていないと、現実へと働きかける強さがさらに弱まってしまう。それがポルノであれば、文章が現実へと強く働きうる。ショックを与え、生身の身体を揺さぶることができる。作家たちは、そんな希望を抱えて、言葉というものの限界に、抵抗しようとしたのだろう。

 ポルノは文化の指標である。文明が発展して、セックスが単なる生殖や本能充足のためのものに終わらず、想像力がまじりこむようになって初めて、各種の変態が現れる。私はこの現象を「衣食足りて、変態を知る」と呼んでいる。

 日本のポルノ文学の特徴は、マゾヒズムの異常な発展である。その理由として、ヨーロッパでは「自由の行使」に快楽を感じる一方、日本では「自由の拘束」に強い快楽を感じることが挙げられる。日本は家制度など権威主義的な繋がりを重視する社会の中で、「自由を求めているようで実は求めていない。拘束されることが喜び」という逆説的な悦びを発明したのだ。

 ポルノはその時代の人間の夢想を代行する、一種の代行業であるだけに当時の世相と密接に結びついている。私が「ヅロウスの法則」と命名する法則がある。世代によって「パンティ」では発情しない。「ズロース」でもダメ。絶対に「ヅロウス」でなければダメというのである。言葉によって喚起されるエロティシズムは、読者が身を置く時代、環境に左右される。だからこそ万人を納得させるポルノ文学というものは存在しない。

 何にエロティシズムを感じるかは時代や個人で大いに異なる。ちなみに私にとって初めてのポルノは辞書だった。性に関わるいろいろな言葉を引いて、それで発情していたというわけである。

【PROFILE】かしましげる/1949年、横浜生まれ。東京大学大学院博士課程修了。1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、1996年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、『職業別パリ風俗』で読売文学賞評論・伝記賞を受賞。古書コレクターとしても知られる。

※SAPIO2016年9月号

関連記事

トピックス

麻薬取締法違反で逮捕された俳優の清水尋也容疑者(26)
「同棲していたのは小柄な彼女」大麻所持容疑の清水尋也容疑者“家賃15万円自宅アパート”緊迫のガサ当日「『ブーッ!』早朝、大きなクラクションが鳴った」《大家が証言》
NEWSポストセブン
当時の水原とのスタバでの交流について語ったボウヤー
「大谷翔平の名前で日本酒を売りたいんだ、どうかな」26億円を詐取した違法胴元・ボウヤーが明かす、当時の水原一平に迫っていた“大谷マネーへの触手”
NEWSポストセブン
麻薬取締法違反で逮捕された俳優の清水尋也容疑者(26)
《同居女性も容疑を認める》清水尋也容疑者(26)Hip-hopに支えられた「私生活」、関係者が語る“仕事と切り離したプライベートの顔”【大麻所持の疑いで逮捕】
NEWSポストセブン
麻薬取締法違反で逮捕された俳優の清水尋也容疑者(26)
【大麻のルールをプレゼンしていた】俳優・清水尋也容疑者が“3か月間の米ロス留学”で発表した“マリファナの法律”「本人はどこの国へ行ってもダメ」《麻薬取締法違反で逮捕》
NEWSポストセブン
サントリー新浪剛史会長が辞任したことを発表した(X、時事通信フォト)
大麻成分疑いで“ガサ入れ”があったサントリー・新浪剛史元会長の超高級港区マンション「かつては最上階にカルロス・ゴーンさんも住んでいた」
NEWSポストセブン
賭博の胴元・ボウヤーが暴露本を出版していた
大谷翔平から26億円を掠めた違法胴元・ボウヤーが“暴露本”を出版していた!「日本でも売りたい」“大谷と水原一平の真実”の章に書かれた意外な内容
NEWSポストセブン
清武英利氏がノンフィクション作品『記者は天国に行けない 反骨のジャーナリズム戦記』(文藝春秋刊)を上梓した
《出世や歳に負けるな。逃げずに書き続けよう》ノンフィクション作家・清武英利氏が語った「最後の独裁者を書いた理由」「僕は“鉱夫”でありたい」
NEWSポストセブン
ロコ・ソラーレ(時事通信フォト)
《メンバーの夫が顔面骨折の交通事故も》試練乗り越えてロコ・ソラーレがミラノ五輪日本代表決定戦に挑む、わずかなオフに過ごした「充実の夫婦時間」
NEWSポストセブン
サントリー新浪剛史会長が辞任したことを発表した(時事通信フォト)
《麻薬取締法違反の疑いでガサ入れ》サントリー新浪剛史会長「知人女性が送ってきた」「適法との認識で購入したサプリ」問題で辞任 “海外出張後にジム”多忙な中で追求していた筋肉
NEWSポストセブン
サークル活動にも精を出しているという悠仁さま(写真/共同通信社)
悠仁さまの筑波大キャンパスライフ、上級生の間では「顔がかっこいい」と話題に バドミントンサークル内で呼ばれる“あだ名”とは
週刊ポスト
『週刊ポスト』8月4日発売号で撮り下ろしグラビアに挑戦
渡邊渚さんが綴る“からっぽの夏休み”「SNSや世間のゴタゴタも全部がバカらしくなった」
NEWSポストセブン
米カリフォルニア州のバーバンク警察は連続“尻嗅ぎ犯”を逮捕した(TikTokより)
《書店で女性のお尻を嗅ぐ動画が拡散》“連続尻嗅ぎ犯” クラウダー容疑者の卑劣な犯行【日本でも社会問題“触らない痴漢”】
NEWSポストセブン