発がん物質のベンゼンや猛毒のシアンは常温でも蒸発するので、海の汚染だけでなく、豊洲で働く人たちの健康にも影響しかねません。それほど危険な場所に築地市場を移転するのは大間違いです」
土壌汚染だけでなく、新市場の「使い勝手の悪さ」も指摘される。築地は各店舗と通路の間に壁がなく、オープンな空間が広がったが、豊洲では2店舗ずつのユニットが壁で仕切られる。前出の和知さんが嘆く。
「店舗内はただでさえ手狭なのに、都から『流し台を設置しろ』と言われます。冷蔵庫を置くとマグロの置き場所もないほど。しかも店の横幅は1.5mなのにマグロの包丁は短くて50cm、長いものだと2mもあり、店が狭すぎて大切なマグロが切れません」
この苦況に業者からは、「包丁を引くと後ろの壁に肘が当たる」「築地が狭いから移転するのに何でこうなるのか」と批判の声が上がる。その一方で前出の生田さんは、こう反論する。
「『マグロが切れない』とよく言われるけど、包丁を真っすぐ入れて切れないなら斜めに入れればいい。多少不便があっても頭を使えばいいんです。われわれは狭い築地でも知恵と工夫を重ねてきたし、その結晶が築地の文化です。ぼくたちは魚をより安全で安心で安定的に皆さんにお届けするために豊洲に行くんです。本当に邪魔をしないでほしい」
同じ仲卸業者の間でも、豊洲移転はこれほど苛烈な分断を生んでいるのだ。さらに、市場としての「機能性」を疑う声もある。現在の築地は水産物売場と青果売場が狭い道を挟んで並び、徒歩やターレで簡単に行き来できるが、豊洲では両売場が環状2号線で分断される。築地で特種物を扱う仲卸業者の女将は憤りを隠さない。
「水産仲卸売場から青果仲卸売場へなど街区をまたいでの配達はターレが禁止され、いちいちトラックやライトバンに荷物を積み替えなければならない。これでは時間もかかるし、人件費もかさみます」
7月の都知事選に出馬したジャーナリストの上杉隆さんはこうした新市場の杜撰さについて、次のように指摘する。
「市場を分断する道路や店舗の狭さなど、あまりに現場を知らない人による設計であり、現地調査をきちんとしなかった都の責任は重い。都の職員は2年単位で変わるから、彼らは築地移転と真剣に向き合わなかった。自分の時だけ何もなければいいという、無責任な体質が現在の事態を招いた。どうせなら、100年近い歴史のある築地の形態をそのまま移転すればよかったんです」
土壌汚染への不安、施設の機能性の問題、それだけではない。「これまで築き上げた築地文化が失われてしまう」(前出・和知さん)と危惧する声も上がっているのだ。
※女性セブン2016年9月15日号