築城時の姿を残す現存天守は全国に12天守しかないが、そのうち4天守が四国に残り、いずれも国の重要文化財に指定されている。各城を熟知する学芸員・ガイドのナビゲートで、そのうちの一つ、高知県の高知城に隠された秘密や謎をめぐる。
天守最上階の廻縁高欄は、目立つと家老たちが忠言したものの、初代土佐藩主・山内一豊が徳川家康の許可を得て造ることができたと伝わる。一豊の賢妻が「内助の功」で夫を支えたのは有名だが、その後、山内家5代藩主に嫁いだ女性の実家が1705年に突然崩壊した石垣の修築を助けた秘話もある。
土佐観光ガイドボランティア協会の岩﨑義郎氏(88)が解説する。
「三ノ丸西北にある“扇の勾配”の石垣は、山内家と姻戚関係がある備前岡山藩池田家からの援助で築かれたと推測されています。本丸から離れた目立たない場所に、城内で最も美しい石垣が築かれた理由は謎ですね」
●築城主:山内一豊、山内豊敷
●築城年代:慶長6(1601)年築城着手
享保14(1729)年再建着手
●天守構造:独立式望楼型4重6階(内部は3重)
撮影/本誌・太田真三 取材・文/上田千春(ライターハウス)
※週刊ポスト2016年9月9日号