12月のロシア、プーチン大統領の訪日と日露首脳会談を控え、北方領土返還交渉が水面下で進んでいる。
「我々が知らないところで、話がついてしまうかもと思うと、やり切れない」
そう語るのは、国後島出身の清水征支郎氏(78)。日露首脳会談で、北方領土問題が色丹島と歯舞群島の2島返還で決着が図られ、残る国後島や択捉島は棚上げされるのではないかと、危機感を募らせているのだ。
「国後と択捉を今後の協議の対象にするとしたところで、ロシアは一度、日本と平和条約を結んでしまえば、あとは知らぬ存ぜぬを決め込んでしまうはず」
清水氏の亡父は国後島で郵便局長を務めていた。終戦後、ソ連軍に追われて家族とともに北海道に引き揚げ、北方4島に近い道東の浜中町に移り住んだ。島民たちには清水家のように、いつでも島に戻れるように道東に居を構えた家族が多い。
4島の元島民は、今年3月末時点で6312人。終戦時には1万7000人あまりいたが、71年の歳月の間に多くが亡くなった。存命者の平均年齢は81.3歳になる。
今回の首脳会談が返還を自らの目で見られる最後のチャンスと期待は高まるが、その一方で清水氏のように「本当に返ってくるのか、返ってくるとしたら何島なのか」と焦れる思いを抱く人は少なくない。
元島民がつくる千島歯舞諸島居住者連盟では、戦後一貫して4島一括での返還を求めてきた。今年5月に開かれた総会でも、その方針が確認された。
だが、最も多くの元島民が所属する連盟の根室支部内には、一括返還にこだわることに懐疑的な声もある。元島民3世で、根室支部の会員でもある男性は2島先行返還容認の立場だ。
「原則論にこだわり過ぎた結果、何も返ってこなかった。それなら2島先行返還で手を打つべきではないか。色丹・歯舞の周辺は漁業資源も豊富で、根室の経済の活性化にもなる」
根室以外の支部でも、若い2世や3世と80代の元島民の意見が対立している。
「若い世代の故郷は島ではなく北海道。返還後も島に戻らない人もいるでしょう。しかし、その場合、島に残した不動産の権利などはどうなるのか? 議論になることは必至です」(同前)
首脳会談を前に元島民らも揺れている。
※週刊ポスト2016年10月14・21日号