後で父とふたりきりになった私が、「さっきのはやりすぎだよ。あなたには憎い女かもしれないけれど、姉のお母さんなんだよ。私のいないところでよく話をした方がいいよ」と言うと、父も「うん。悪かったな。でもおれはどうしてもがまんできないんだよ」としおらしい。

 その時、父が姉に謝ったかどうか、私は知らない。父は絶えず、姉の劣等感を刺激していた。姉は裁判をして泥沼離婚をした前妻の子供。私は自殺させてしまった後妻の子供。負い目があるからなのだろう。時間が経つほど、私の母の美化が始まった。

◆その人に墓場から出てきてやってもらったら

 たとえば父は姉の揚げた天ぷらが気に入らない。「こんなにカラカラに揚げてどうするんだよ。ママはもっとしっとりと揚げたぞ」

 みそ汁の具の切り方が気に入らない。漬けものの品数が多い。父の文句には必ず、「ママは」が頭についた。

 義母と比べられる姉は、黙って聞き流したが、ときには「じゃ、その人に墓場から出てきてもらってやってもらったら!」と、お皿を叩き割る。

 かと思えば、「私はパパから愛されていないからなぁ」と寂しそうに笑う。

「パパは一度もあなたに手を上げたことがないよね」

 摂食障害から抜け出せないでいる姉は、どんどん私に卑屈になった。高校生の私は、それがつらい。このままではおかしくなる。そう思った私は、何度も父に家族解散を提案し、家を出たいと訴えた。けんかをふっかけ、かつて姉に言ったように、「出て行け!」と言わせようともした。

 しかし、父は喉まで出かかっている様子を何度も見せたが、決して言わなかった。

 母が亡くなって3年。私が大学生になると、父は表向き「どんなに悲しくても、時間が浄化するよ」と平静を取り戻したように見せかけた。

 父の友達が、「やっと落ち着いてきたね」と口ぐちに言うのでそれを知ったが、とんでもない。同時期、父は私をストーキングしている。一日中、会社にいる父からの電話攻撃を受けていたのだ。受話器を取れば、「いたのか」と言って切れるが、また電話の呼び鈴が鳴る。

 用事なんて何もない。ただ私が自立するのが怖かったのだ。しばらく出ていなかったアレルギーの症状がいたるところに表れ、抗生物質やステロイド剤が不可欠になり、睡眠導入剤が手放せなくなった。

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