◆いつの間にか、年少の私が姉と父の仲裁役に

 そんなとき、また父と姉がやり合った。風呂を沸かしたままうっかり姉が寝てしまい、父が風呂に入ろうと思ったら煮えたぎっている。父が姉の部屋に怒鳴り込む。

「風呂に入れないじゃないか!」

 姉の部屋の壁に、猫の爪あとがあることに父が気づく。姉は猫を3匹飼っていた。

「何だ、これはッ! ここはおれの家だぞ」

 飛び起きた姉が、父を廊下に押し出し、廊下で胸ぐらをつかみ合って、殴り合い。廊下を挟んで向かい側の部屋で試験勉強をしていた私はたまりかねて、廊下に出て一気にまくし立てた。

「いい年して恥ずかしいからやめてくれない? くだらないッ。胸ぐらつかんだり、叩いたり、何の解決にもならないことやってないで、茶の間で話し合いなさいよ。そもそも、風呂に1日入れないくらい大したことないでしょ! 猫が壁に爪をたてるのなんて仕方ないことでしょう! 大人げない」

 当時、60代の父は「家が傷むんだよ」と口をモゴモゴさせ、30代の姉も拳を下ろした。父はいつだって、姉にだけ些細なことで感情を爆発させる。それを仲裁し、落ち着かせるのが年少の私の役割。父も姉も歩み寄れないでいた。

◆1週間、何も食べられず泣き通したら…

 しかし何が幸いするかわからない。それまで酷いアトピー性皮膚炎で悩んでいたのだが、私のうつ症状がひどくなって1週間、何も食べられず泣き通したときのこと。

 ふとトイレの壁にかかっていた鏡を見たら、誰この人? …人生でいちばん肌がきれいになっていた。あれ? これはもしかしたら治るのかも?

 そう思い始めたら心も体もウソのように軽くなって、ちゃんと健全に動き出した。母が亡くなってから泣いたのは初めてだった。食べないことで体がリセットされ、泣いたことで、心がリセットされたのだと思う。

 そうしたら父のために自分が犠牲になるのは馬鹿ばかしい。私はそこまで父に愛情がないと気づいてしまった。私はどんどん自分を取り戻していった。大学を卒業する直前の、あの感覚は、今でも忘れられない。

 父は、13年前に76才の天寿をまっとうした。

 姉は3年前、初診で医者から「余命は言えない」と宣告された。進行したがんだった。そして2か月後に、自ら選んだホスピスで59才の生涯を閉じた。

 私にとって愛されることは、母が自死という形で示したように裏切られることであり、父がしたように束縛すること。

 今私は、子供たちと、自営業の夫と穏やかに暮らしているが、あの生家の記憶から、逃れられずにいる。

(終)

※女性セブン2016年10月27日号

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