◆4年11か月分が消された
原因は年金決定額を計算するコンピューターの“プログラムミス”だった。厚生年金は65歳までは特別支給という制度で、働きながら受け取る在職老齢年金は60歳までの加入期間で年金額が決定される。退職後に、改めて計算が行なわれ、60歳以降の加入期間を加えた満額の年金額になる。
年金決定額を計算するコンピューターは「64歳10か月」までに退職した人には満額が計算されるが、「64歳11か月」で退職したケースだけ60歳以降の5年分の加入期間を除いた金額が算出されていた。
年額25万円の差は大きいが、低い年金額が支給されるのは65歳になる月の1か月分だからS氏の実害は約2万円だった。ややこしいことに、65歳以降は年金額が再々計算されて満額が支給される。それにしても年金算出に2つのシステムを並行して使用していたとは開いた口が塞がらない。
2万円といえども、泣き寝入りはしたくない。S氏は年金事務所に大臣決定額の訂正と未払い額の支払いを求めた。
ここから年金官僚たちは醜い保身に走りだした。年金コンピューターの計算プログラムにミスがあったということは、「64歳11か月」で退職した人すべてに送付された厚労大臣の年金決定額が間違っていたことになる。1人の金額は2万円でも、被害者がどれだけ出てくるかわからない。
実際、S氏と同じ64歳11か月で退職したIさんも、年金事務所で伝えられた年金見込額(約204万円)より約25万円減額された大臣通知(約179万円)が送られていた。
折しも、厚労省や日本年金機構は消えた年金記録の照合作業を行なっていた時期だ。そこに新たな年金未払いが発覚すると、厚労省は一層批判を浴びて窮地に追い込まれる。
年金官僚たちは信じがたい対応をとった。年金の細かい法解釈を変更し、「64歳11か月」で退職した人たちだけ年金が減額される年金コンピューターの大臣決定額が正しく、年金オンラインの年金見込額が間違っているという見解を年金事務所に通知したのだ。
それまで長い間、年金窓口で相談者に年金オンラインの見込額を説明していた各地の年金事務所はパニックに陥った。S氏とIさんは国(厚労省)を相手に訴訟に踏み切った(裁判は別々)。