◆どんな関係も時間と共に変化する
むろん藤代にも熱い時代はあった。大学の写真部の後輩ハルとの恋だ。本書には彼女と〈好きなもの〉を共有し、結局はすれ違ってしまうまでの日々が、今もカメラを手に世界を旅するハルの手紙と共に綴られる。また弥生の妹〈純〉の思わぬ誘惑や、後輩医師〈奈々〉が異性を避ける理由、バイセクシュアルの友人〈タスク〉の女性観など、登場人物の数だけ恋愛観はあった。
「藤代に自分を重ねて慄く妻帯者は結構多いらしい。何もしない男とそれに苛立つ女の溝は、取材した限りかなり深そうでした。
ハルに恋した頃の藤代と、今の藤代では何が違うのか。どんな関係も時間と共に変化するのは宇宙の道理。ところがその残酷さに人は耐えられないわけで、実際にセックスレスに悩む人に『時間の仕業だから諦めろ』とは、僕は言えない。
恋愛の話って作者も読者も裸にされるし、せっかく蓋してきたものを墓荒らしのように引きずり出してしまう。でも結局は今を直視することからしか、何も始まらないとも思うんです」
現実への絶望がこれまで甘美な恋物語を生んできたとすれば、リアルな恋愛の今を取材し、絶望を前提にしてなお、もがき前に進む人々を描くのが川村流だ。