「本書を書くにあたっては、30~50代の男女、約100人に取材をしました。まず恋愛感情はあるかと聞くと約90%が無いと答えたんです。そこで、なぜ無いのか、いつ無くなったのかを、延々と聞いて回った。すると、出会いがないとか、結婚して数年経てばあとは情だけだとか、恋愛や結婚が物凄く難しくなっている現状が見えてきたんです。
それでいて昔の恋愛話は熱く語る人が多かった。恋愛はかつてあって今は失われたものという温度は、僕自身わからなくもない。だったら同じことを1万人とか100万人が感じていてもおかしくないなと。僕はいつもそういう“見えない共感”に向けて映画を作ったり、小説を書いています」
2人が高層マンション28階の黒を基調としたリビングで、ワイン片手に観る映画が印象的だ。ミシェル・ゴンドリー監督『エターナル・サンシャイン』やスパイク・ジョーンズ監督『her』等、別れた恋人との記憶の除去手術や、人工知能との恋が可能になった近未来の男女関係が、〈すっかり消えたよね〉〈愛というか、恋というか〉と口に出せるほど空気と化した、彼らの日常に並走するのである。
「現にハリウッドでは従来的なラブコメや恋愛映画は〈現実に対する絶望〉が生んだファンタジーに過ぎないと気づいていて、捻れた構造を使わないと描けなくなった映画の中の恋愛がそれを観る2人の関係を逆照射し、読者の実人生にも侵入するメタ構造みたいなことをやりたかった。
オシャレな部屋に住み、お互いに〈嫌いなもの〉を共有する彼らは、いかにも雑誌に出てきそうな理想のカップルですよね。ところが相手の〈最適解〉がわかるだけに寝室は別になる。皮肉なことに合理性の対極にあるのが、恋愛なんです」