また、トランプ氏は「中国に奪われた雇用を取り戻す」と宣言しているが、これも不可能だ。なぜなら、平均年収がアメリカは約500万円、中国(都市部の企業従業員)は約100万円だからである。つまり「中国に奪われた雇用を取り戻す」ためには、アメリカ人の給料を中国人並み=現在の5分の1にしなければならないわけで、そんなことはできるはずがない。
給料だけの問題ではない。ディープ・サウスならぬ「ディープ・ラストベルト」(中西部から北東部にかけての製造業が廃れた地帯の中でも衰退の著しい地域)では失業率が非常に高く、アルコール依存症や麻薬中毒などの社会問題が蔓延して、まともに働けない人も多い。もし中国から雇用を取り戻したとしても、産業が成り立たない事態もあり得る。
トランプ氏は貿易政策や経済政策だけでなく、不法移民問題でも「メキシコとの国境に壁を築く」という閉鎖的な公約を掲げているが、メキシコ国境は全長3000km以上あるので、もちろん物理的に不可能だ。
さらにトランプ氏は、法人税を35%から15%に引き下げ、所得税を富裕層も含めて減税し、相続税もゼロにすると言明している。しかし、そうすると税収が大幅に減ってしまう。それを補うために、アップルやGEなどのアメリカ企業が海外に貯め込んでいる金をアメリカに戻させると言っているが、その程度では全く足りないし、そんなことをしたらアメリカ企業はみんな本社を海外に移してしまうだろう。
軍艦を100隻以上新造するなど軍事力を大々的に増強するとも言っているが、その財源については何も説明していない。
要するに、トランプ氏が主張している政策は何もかも全く辻褄が合わないのである。もし本当に公約通りのことをやり始めたら、それらの矛盾が一気に噴き出してくるだろう。
※週刊ポスト2016年12月9日号