ライフ

『この世界の片隅に』 なぜ監督はそんなに優しいのか聞いた

片渕須直監督(左)から映画の説明を受ける古谷経衡氏

 2016年の掉尾を飾るがごとく、現在、各地で“熱狂”を生んでいるのがアニメ映画『この世界の片隅に』である。戦前・戦中・戦後直後の広島県・呉市の「日常」を静かに描いた同作の魅力を“日本一硬派”なアニメ評論家を自任する古谷経衡氏が綴る。

 * * *
 公開2日前、東京テアトル本社にて片渕須直監督へのインタビューが叶った。監督は一見して見逃しがちなわずか数秒に満たないカットの裏側を語る。

 呉工廠への大空襲で溺死した女学生たち、広島が原爆の熱線と爆風で灰燼となる瞬間、画面隅を走る路面電車の右側に存在した神社境内にいた女子勤労学徒(県立第二高等女学校)、戦前まだ活気にあふれていた中島本町(爆心直下で消滅)、そこに描き出される、往来を右往左往する人々一人ひとりの人生に名前を付けるようにして、監督は描いたという。「名も無き人などいない」と監督は繰り返す。

 あの戦争の犠牲者を「300万人」という5文字に包摂するのは、あまりにも非礼である。監督の優しさ、人間存在そのものに対する情愛とでもいうべきその姿勢に、はな聞く側の私が落涙の思いだった。

 そしてその優しさは、徹底的なディテールに担保されている。「昭和20年の何月何日、米軍機がこの方向から何機、このようにして呉上空に侵入してきた」というところまで監督は徹底的な現地取材と事実の積み上げによって作中にこれでもかと緻密に反映させる。米軍機の落とす爆弾の轟音、呉の方言、警戒警報の内容まで、徹底的に「戦中日本」を再現したという。

 しかしそこに「戦争映画」お決まりの悲壮感はない。主人公すずは、迫りくる戦争をものともせず、不自由の中で当たり前の日常を生きていく。コミカルな部分が何度もある。しかし、であるからこそ、その後彼女らがたどる運命の残酷さをも、監督は躊躇なくそのままの真実を描いていく。

「すずさんは、冒頭で着物着てるんですよ。それが小学6年生になったら急にスカートをはく。実際に、昭和の初年ぐらいに小学生の服装が変わったみたいでね。そこでわざと、洋服に変わったんだよっていう印で、一番襟首のところのボタンを締めているカットとか作ったんですけどね。あれは、スカートはけるようになってうれしい、という気持ちが伝わるといいかなと思ったんですよ」

 片渕監督特有の微細な、1カットの細部に神が宿るような演出である。戦争が進むにつれてそれはもんぺに取って代わる。だが再び、すずのスカート姿が登場する。

「スカートがはける時代へ戻ったということ。スカートには大事な意味を込めました」。

 優しさとはただ漫然と、ニコニコと笑っていることではない。優しさは、過酷な現実を直視することによって初めて生まれる。その意味で監督はどこまでも優しい。

関連キーワード

関連記事

トピックス

なかやまきんに君が参加した“謎の妖怪セミナー”とは…
なかやまきんに君が通う“謎の妖怪セミナー”の仰天内容〈悪いことは妖怪のせい〉〈サントリー製品はすべて妖怪〉出演したサントリーのウェブCMは大丈夫か
週刊ポスト
令和6年度 各種団体の主な要望と回答【要約版】
【自民党・内部報告書入手】業界に補助金バラ撒き、税制優遇のオンパレード 「国民から召し上げたカネを業界に配っている」と荻原博子氏
週刊ポスト
グラビアから女優までこなすマルチタレントとして一世を風靡した安田美沙子(本人インスタグラム)
《過去に独立トラブルの安田美沙子》前事務所ホームページから「訴訟が係属中」メッセージが3年ぶりに削除されていた【双方を直撃】
NEWSポストセブン
阿部詩は過度に着飾らず、“自分らしさ”を表現する服装が上手との見方も(本人のインスタグラムより)
柔道・阿部詩、メディア露出が増えてファッションへの意識が変化 インスタのフォロワー30万人超えで「モデルでも金」に期待
週刊ポスト
エンゼルス時代、チームメートとのコミュニケーションのためポーカーに参加していたことも(写真/AFP=時事)
《水原一平容疑者「違法賭博の入り口」だったのか》大谷翔平も参加していたエンゼルス“ベンチ裏ポーカー”の実態 「大谷はビギナーズラックで勝っていた」
週刊ポスト
中条きよし氏、トラブルの真相は?(時事通信フォト)
【スクープ全文公開】中条きよし参院議員が“闇金顔負け”の年利60%の高利貸し、出資法違反の重大疑惑 直撃には「貸しましたよ。もちろん」
週刊ポスト
店を出て並んで歩く小林(右)と小梅
【支払いは割り勘】小林薫、22才年下妻との仲良しディナー姿 「多く払った方が、家事休みね~」家事と育児は分担
女性セブン
大の里
新三役・大の里を待つ試練 元・嘉風の中村親方独立で懸念される「監視の目がなくなる問題」
NEWSポストセブン
テレビや新聞など、さまざまなメディアが結婚相手・真美子さんに関する特集を行っている
《水原一平ショックを乗り越え》大谷翔平を支える妻・真美子さんのモテすぎ秘話 同級生たちは「寮内の食堂でも熱視線を浴びていた」と証言 人気沸騰にもどかしさも
NEWSポストセブン
「特定抗争指定暴力団」に指定する標章を、山口組総本部に貼る兵庫県警の捜査員。2020年1月(時事通信フォト)
《山口組新報にみる最新ヤクザ事情》「川柳」にみる取り締まり強化への嘆き 政治をネタに「政治家の 使用者責任 何処へと」
NEWSポストセブン
行きつけだった渋谷のクラブと若山容疑者
《那須2遺体》「まっすぐ育ってね」岡田准一からエールも「ハジけた客が多い」渋谷のクラブに首筋タトゥーで出没 元子役俳優が報酬欲しさに死体損壊の転落人生
NEWSポストセブン
愛子さま
【愛子さま、日赤に就職】想定を大幅に上回る熱心な仕事ぶり ほぼフルタイム出勤で皇室活動と“ダブルワーク”状態
女性セブン