2月中旬には、「最後に一言書かせてもらえればと思っています。まだ伝えたいことがありますから」といつも通りの芯の通った声で話していた。だが、それが本誌が聞いた田中氏の最後の言葉となってしまった。田中氏の死後、普門院診療所の職員はこう話していた。
「意識が途切れ途切れになっているときでも、ふとした瞬間に『週刊ポストの原稿を書かなければ』とつぶやいていた。連載を通じて、人々に思いを伝えることは何よりの薬になっていたのだと思います」
気が付けば、田中氏が「あと数か月しか生きられない」と語った日から1年以上が経過していた。
田中氏が伝えようとした「いのちの苦しみ」との向き合い方は、まさに彼自身が体現していたひたむきさだった。
●たなか・まさひろ/1946年、栃木県益子町の西明寺に生まれる。東京慈恵会医科大学卒業後、国立がんセンターで研究所室長・病院内科医として勤務。1990年に西明寺境内に入院・緩和ケアも行なう普門院診療所を建設、内科医、僧侶として患者と向き合う。2014年10月に最も進んだステージのすい臓がんが発見された。3月21日永眠(享年70)。
※週刊ポスト2017年4月7日号