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2017.04.13 16:00  週刊ポスト

故・鈴木則文監督 座右の銘は「下品こそ、この世の花」

東映ポルノの巨匠・鈴木則文氏(写真:共同通信社)

「照明はまんべんなく当てて、人物に影は作らない。ピントも奥まで合わせて画面に深みを出さない。そのほうがどっちもバカに見えるだろ?」

 そう言って、東映の監督・鈴木則文は呵々大笑したという。芸術作品など糞くらえ、観客が喜んでナンボと言わんばかりだ。

 鈴木は1970年代から1980年代にかけ、『トラック野郎』から空手アクション、さらには松田聖子の主演作や菊池桃子のデビュー作まで撮った娯楽映画の帝王であるが、その名を今に残すのは、1970年代前半に量産した「東映ポルノ路線」であろう。

 鈴木のもとで脚本や助監督を務めた映画監督・関本郁夫氏がその系譜を解く。

「もともと石井輝男監督が『異常性愛路線』をやっていて、いわゆるエログロと呼ばれてヒット作は多かった。ただ、石井監督は人使いの荒さとかいろんな問題があり、プロデューサーの判断で鈴木さんにバトンタッチした形だったね」

 鈴木を知る者は、誰もが「こうぶんさん」と呼ぶ。映画の議論になると、すぐ興奮することから名づけられたが、それだけではないと関本氏は言う。

「興奮してはいても、誰かが意見を言うと『ああ、そうかそうか』と耳を傾ける人。それに、いろんな人を育てた。僕を監督にしたのもそうだし、菅原文太は売れない頃から鈴木さんが飲みに連れて行ったりしていた。その絆が『トラック野郎』に結びついたんだと思うよ」

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