《ある日 子供たちを見守り続けた山桜の木は大人たちのさんざめきの中 切り倒された 冬の日 老人は肩をすぼめ 空を仰ぎつつ 一粒の種を探して切り株を回っている》

 桜は虫がつきやすく、手入れが難しい木でもある。伐採は仕方がなかったのかもしれない。それから数年間は残った種から苗木を育て配り続けた。

 ただ、その頃から富永さんに認知症の症状が表れ始め、物忘れが目立つようになった。99才で最後の苗を送り終えた後、しばらくして施設に入った。

 小倉さんが言う。

「10年前に先生からいただいた山桜は、今では5mほどの高さになり、今年も咲きました。

 先日、元部員たちが先生を偲ぶ会を開いて、桜が咲く頃に逝くなんて先生らしいね、って話していました。これからは春が来て山桜を見るたびに、先生に会えるのを楽しみにします」

 20年前、花盛りを見ながら往生できたら、と願った富永さんは、山桜が咲き始めた3月20日、永遠の眠りについた。棺には富永さんが大切に育てていた山桜の枝が納められた。

 最近、富永さんが亡くなったことを新聞で知った人から、「山桜を育てる方法を教えてほしい」との手紙が届いた。

「父がひとりでやっていたことで、細かいことはわかりません。でも可能な限り伝えていきたい。育てたいと思うかたがいるのは嬉しいですし、父も喜んでいると思います」(泰子さん)

“花咲かじいさん”が愛し、育てた山桜は、来年も各地を彩る――。

※女性セブン2017年5月11・18日号

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