1978年には大島渚監督の映画『愛の亡霊』に出演、女の情念を見事に演じ切っている。
「当時の映画は、三十歳を過ぎると面白い役が来なくなっちゃうんですよね。どんな映画に出たかも思い出せない役ばかり。
もうダメかなと思っていると、四十二歳の時に大島さんから話をいただきました。『愛のコリーダ』の後の作品でしたから、事務所は躊躇していましたが、台本を読んだら凄く面白くて。ここに女がいる──まずそう思えました。こういう役を四十過ぎたらやりたいと思っていた、まさにそんな役でした。
周りは心配しました。これでコケたら復帰できない、と。でも、どうしてもやりたかった。一か八か。ダメならダメでいいって。やりたいことが見つかったら、周りはどうでもいいってなっちゃう性格なんです。
これは後で監督から笑い話として聞いたのですが、大島監督が私のセリフに『それは新劇みたいだね』と言った時、私が凄い顔で睨みつけたんですって。私は覚えていないのですが。私としては、民藝にいたのは過去のことで、新劇芝居とは決別して十年も経っていましたから。映画や音楽の人とやると私が今まで経験してきた受け答えと違うタイミングや言い方で返ってくるのが新鮮で、違う自分に生まれ変わるのを感じていました。
それなのに、新劇の芝居に戻ったと指摘されたのが、ショックだったんだと思います」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
◆撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2017年5月19日号