このロボットが名乗る、〈アクリッド・タング〉という名前には「つんとする匂い」の意味があるそう。
「長男が生まれて、新生児のおむつの強烈な匂いについて夫と話していたとき、『アクリッド・タング』ってなんだかロボットの名前みたい、と思ったら、物語のアイディアや構成が浮かんできました」
赤ちゃんは、またとない贈り物をお母さんにプレゼントしてくれたわけだ。
「そうですね(笑い)。私はもともとロボットが好きなんですが、映画の『ターミネーター』なんかで描かれるロボットって、人間と共存できず、いつかは対決することになりますよね。そういう描き方しかされないのが悲しくて、いつか人間と共存する話が書きたいと思っていました」
ベンが暮らすのは現代のイギリスのようだが、家事を助けるアンドロイドや商品を運搬するドローン、サイバードライバーなどが存在する、すぐそこまできている近未来である。
「アンドロイドがいる以外は、いまの私たちの生活とほとんど違いはありません。ただ、小説を書き始めたときは、ロボットやアンドロイドのいる暮らしはもう少し遠い未来のような気がしていたのですが、いまは、そういう未来がすごく近づいている気がしますね。タングのようなロボットを『古い』と感じる、そういうタイムスパンがどんどん短くなっているようです」
両親を飛行機事故で失い、獣医になる研修も中断して自宅にひきこもりがちだったベンは、タングの「命」を救うために、修理できる人を探すための旅に出る。頼りは、タングの体の金属板にしるされていたわずかな文字だけだ。