◆タワーマンションは建築工法・材料の壮大な耐久実験?
タワーマンションがこれほど増殖した理由は1997年の建築基準法改正だと言われている。第52条6項に「建築物の延べ面積には、共同住宅の共用の廊下又は階段の用に供する部分の床面積は、算入しないものとする」という一文が加えられたのだ。
さらに、2001年に発足した小泉内閣の「構造改革」によって、タワーマンションの開発が強力に後押しされた。その急増したタワーマンションが、この先次々と大規模修繕工事の適齢期を向かえることになる。ところが、そこにはタワーマンションならではの様々な問題が生じている。
ひとつ言えることは、このタワーマンションという超高層の集合住宅の建築技術はまだ完成の域に達していないということだ。各ゼネコンが様々な工法を生み出し、各々の建築現場で採用してきた。言い方は悪いが、「試作品の山」みたいなものなのだ。
例えば、タワーマンションは荷重を軽くするために壁や床にALCパネルを使用している。そのパネルとパネルの間やサッシュなどの開口部との接着面にはコーキング剤が使われている。このコーキング剤が劣化すると雨漏りなどの原因となる。
どのコーキング剤がどれくらいで劣化するのかは実際のところよく分からない。あるいは、接着面が直接風雨にさらされないように外壁部分から後退させているのか、ガラスウォールのように剥き出しで露出しているのかによっても、劣化の速度が変わってくると考えられる。
言ってしまえば、タワーマンションとは様々な建築工法や建築材料の壮大な耐久実験をしているようなものだ。
だから、大手ゼネコンが大規模修繕工事を行うにしても、他社が施工した建物だとそもそもどうなっているのかよく分からないという。大規模なタワーマンションの修繕工事費用は数十億円にも上るが、施工を担当していないゼネコンに管理組合から見積もり参加の依頼があっても辞退するケースがよく見られる。その背景には、こういった事情があるのだ。
◆階数ヒエラルキーという厄介な副産物
あの火災が起こったロンドンのタワーマンションは、低所得層が暮らす公営住宅だった。イギリスでは、ああいった高層住宅は「低所得者向け」ということになっている。イギリスの富裕層は日本のように高いところには住みたがらないのだ。
アメリカでは富裕層が暮らすトランプタワー(ニューヨーク)のような超高層集合住宅もあるが、それは都心に住まねばならないほど忙しい人々向けの特殊な住形態、という捉え方が一般的だ。
ところが、日本ではタワーマンションは「成功者の住まい」と見做されている。その一番の理由は、普通のマンションよりも価格が高いから。それを買えるのは一部の富裕層だけだ、という発想である。
しかし、こういった表面的な見方の裏側には歓迎されない現実も潜んでいる。
例えば、東京の湾岸エリアはほとんどが埋立地だ。タワーマンションがニョキニョキと立っている。価格は山手線内で買える築10年くらいの中古マンションと大差ないレベル。それらを買っているのは、主に地方出身者でITやその周辺産業の新興企業経営者や管理職が多い。
彼らには自らの成功を、住んでいるタワーマンションの階数で世間に示したいというやや歪んだ発想があるらしい。2016年の秋に放送されたTBSドラマ「砂の塔」では、その階数ヒエラルキーをひとつの伏線としていた。
同じ間取りでも、階数が高くなれば分譲価格も上がっていく。また、高層階と低層階では使用するエレベーターが分けられている。子どもを通わせる幼稚園に階数によって微妙に違ったり……タワーマンションに暮らすと、否応なくこれらの格差を感じずにはいられないのだ。
私が聞いたところではノイローゼになって他所へ引っ越してしまったり、買い替えで徐々に階数を上げていく、といった笑えないエピソードがいくつもある。
この問題は、どうにも解決しようがない。そういう厄介なことに巻き込まれたくなければ、タワーマンションには住まないことだ。世界的に見て、タワーマンションに住むということは必ずしも万人から尊敬されることではない。むしろ、今後は日本国内でもタワーマンションを巡るこれまでの「礼賛型」以外の価値観が浸透していくはずだ。
■文/榊淳司(住宅ジャーナリスト)