東京都心へのアクセス至便を謳い文句に、大小のデベロッパーによる分譲マンションが乱立し、巨大スーパーやホームセンターが進出する。下町の大衆食堂はがらりと清潔なチェーン店やコンビニに置き換わった。
狭隘な不良住宅は一掃され、「庭・車庫付き一戸建て」の小奇麗な建売住宅で犇(ひし)めき合うこの地域の、裏路地の奥の奥に進んで初めて、高度成長時代の遺物ともいうべき、古びた欄干やトタン屋根の個人商店や住宅を見つけることができる。
かつて弱者であった「都市下層」の人々は、日本経済の成長と共に自らも成長の恵沢を受け、いつしか「体制」の側に立つようになった。「貧乏人の党」と往時揶揄された同党は、もはや貧乏人の党ではない。現・公明党代表山口自身が東大卒の法曹エリートで、その前の代表・太田昭宏は京大卒、「そうはいかんざき」の党CMで一世を風靡した神崎武法は元検事の東大卒エリートだ。
「大衆と共に」を掲げ、下町の声なき庶民を代表してきた同党が、いつしか体制を希求するようになったのは、こういった社会全体の状況変化があると考えるのはあながち邪推ではないだろう。
その昔、都内最大の「ドヤ街」とされた台東区と荒川区にまたがる山谷一帯と、日本三大遊郭の一つとされる吉原のすぐ隣接地域に、荒川区南千住はある。
この地域はバブル経済真っ只中の1980年代後半から本格的な再開発地域となり、現在では汐入地区を筆頭に、近代的な分譲マンション群が林立し、遠くに東京スカイツリーの威容を眺望する絶好の新興住宅地に様変わりした。
かつて宮部みゆきが傑作長編小説『理由』(1998年)の中で、町工場を経営する零細自営業者の、下町っ子の羨望の的としてその事件の舞台としたのがここ南千住の超高層マンション群の摩天楼である。またこの付近は、國松孝次長官狙撃事件(1995年)の舞台にもなった。