「私自身、お芝居の経験はないんですが、一時は戯曲教室に通ったりもしていて、その頃に垣間見た演劇人の会話力の高さが小説に使えそうだったんですね。
ほら、男の人って自分のことをほとんど話したがらないでしょう? 女性同士は夫とのセックスレスでも何でも話すけれど、男性は『実は俺、EDでさ』なんて意地でも言わない(笑い)。その点、演劇人は議論好きですし、演劇論や役の解釈に絡めてどんどんホンネを語ってもらおうと思って。
しかも執筆開始当時、イチロー選手とか木村拓哉さんが41、42歳だったんです。42といえば肉体的にも社会的にも現役の曲がり角ですし、成功した人もそうでない人も全員が1章ずつ主役になれる群像劇を書いてみようと思いました」
名古屋市内の鳥料理屋に4人が集まったのは4月半ばのこと。元レポーターの若い妻をもつ松井は遅れて来るなり〈岩清水イジリ〉を始め、同じ未婚でも小柳はモテる未婚。元芝居仲間の妻〈衿子〉との間に2人の息子がいる僕は、職場の後輩〈真由〉と不倫中だ。
だがこの日、松井が8月15日、愛知県芸術劇場を押さえたからゴタナカと久々に芝居をやる、と唐突に宣言。演目はシミが推す『オセロー』と決まり、松井が主役で、ゴタナカが妻デズデモーナ役。悪役イアーゴーをシミ、キャシオーを小柳が演じ、僕がエミリア役と脚本演出を兼ねる形で、早速稽古が始まった。
が、ゴタナカは6月まで体が空かず、その間はシミが思いを寄せる劇団の先輩〈大曽根さん〉が代役を務めるが、彼女は何かにつけて男尊女卑的な松井と衝突。しかもシミより、〈婚活女子殺し〉の異名も取る美形の小柳に気がありそうだ。