復元された開陽丸。当時、最新鋭の軍艦だった


 一方榎本はと言えば、好意的に描かれてはいるものの「単なる髭のおじさん」扱い。実際、北海道・函館を歩くと、圧倒的に新選組の聖地としての扱いが高く、その主役は当然土方で榎本の出る幕は少ないように思える。

 榎本は優れた海軍軍人であった。オランダ留学経験を持つ数少ない知欧派の合理主義者であり、その才覚を黒田清隆に買われ、新政府軍に弓を引いた逆賊であるにもかかわらず、明治国家の中枢を占める(逓信大臣、外務大臣、農商務大臣など)重責を担うに至った。

 歴史作家童門冬二は、この榎本の数奇な生涯を『人生を二度生きる』(祥伝社)という歴史小説にまとめた。二度生きる、とは、いわずもがな「幕府側」と「新政府側」という立場である。

 しかし、古くは楠木正成公然り、織田信長然り、山本五十六然り、或いは忠臣蔵四十七士に然り、「稀有の構想途上で義や忠に殉じた漢」をこの国の大衆文芸はもてはやす一方、しぶとく生き残って国に貢献した榎本への賞賛の声は土方に霞んで見える。この国にある、ある種の再チャレンジを許容せず、潔よい死を美化する窮屈な封建的空気の残滓が、偉人たちの評価にも影響しているとみるは邪推か。

 明治国家への貢献は函館で戦死した土方よりも榎本の方が上であろうが、美化されるのは土方だけで、榎本はこの街では脇役扱いだ。

◆「新幹線開通」の悲願

 近世から近代にかけて、大坂が大阪と改名したように、北海道南部の港町・函館も、箱館から函館へと字が変わった。冷夏の夏、さびれた内浦湾(噴火湾)に空路到達した私は、余りにも寂しい寒村の波音を聞きながら、レンタカーで渡島半島を横断する。

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