「そもそも結婚式に正解なんかないし、厳粛なだけでも心温まるだけでもなく、もっと棘も含んだ生々しい結婚式が、実際は結構あるんじゃないかなって(笑い)。今回は自分の娘の結婚直後だったこともあり美しいだけの話は書けなかったし、『結婚=幸せなの?』とか『母親に捨てられた子供は不幸なの?』とか、世間で当たり前とされていることを一度ゼロに戻して考えてみるのも、私は小説が持つ1つの意味だと思うので」
〈ごめんね、萌恵。お祝いの場でこんな話をして〉
高校時代の友人・愛弥はこう切り出した。卒業以来疎遠だった2人が偶然再会したあの日、社内でデザイナーを外された自分がどんな失意を抱え、〈わたしのためにウェディングドレス、作ってね〉と言ってくれた萌恵にどれほど救われたか。そんな健やかな萌恵を妬み、罵ったことさえあったのに、ピンチの時はなぜか彼女が目の前に現われたことなど、確かに祝辞とは言いがたい思い出を滔々と語るのだ。
中でも感謝するのは文化祭でのこと。クラスの出し物で〈理想の制服特集〉を企画した愛弥たちは、その場で署名集めをしたことを咎められ、校長室に呼び出された。要は伝統にケチをつけ、政治運動までするとは何事かという理屈だが、平謝りする親の姿を見て今は謝った方が楽になれると屈辱を押し殺した矢先、萌恵が言ったのだ。〈わたしたち、どうして怒られなくちゃいけないんですか〉と。
また、派閥抗争に敗れ、今は閑職にある萌恵の元上司〈橋辺〉は彼女と働いた日々がいかに充実していたかを心の中でスピーチする。母の死後に育てあげた妹が妊娠し、動揺するウェディング・プランナー〈川村久里子〉にしても、萌恵の何気ない一言に背中を押され、次の一歩を踏み出してゆく。