◆対等でさえあれば人間関係は十分
「何が人を救い、傷つけもするかは理屈じゃないし、人と人の結びつきってつくづく奇妙で繊細だと思う。特に萌恵の場合は地味で平凡だからこそ相手の本音を引き出すところがあって、それはやはり母親との関係を乗り越えてきたからだと思うんです。
3歳で実の母親に捨てられ、その妹に育てられた萌恵を、世間は不幸だというでしょうけど、彼女が2人の母親とどんな関係を築くかは、母親でも元娘でもある私自身、最も知りたかったことでした」
〈案外、泣けないものなんだな、人間って〉と、高校の友人〈真人〉と結婚後、別の男と恋に落ちて娘の萌恵を捨てた〈瑛子〉は思う。だがその後真人と再婚し、萌恵を育ててきた妹〈良美〉も、萌恵との間に確執を抱え、同性だけに厄介なのが母と娘だった。
「私も自分が実は利己的で、子供たちを縛りつける存在だったんだって、今は思えるんですけどね。でもそんなこと言ってたら、子育てなんかできませんから!
私の亡くなった母も特に晩年は『娘に大事にされる幸福な自分』という図式を強いる人で、母性を美化しがちな日本人はもっと愛情という名のおぞましいものに自覚的になった方がいいと私自身思う。
基本的には親子といえども個と個で、処方箋も痛み止めも結局は自分たちで考えるしかなく、萌恵や瑛子や良美がいかに自分たちを1対1の〈対等〉な関係に持ちこめるかを特に後半では描きたかった。たとえ大嫌いでも対等でさえあれば、私は人間関係としては十分だと思うので」