名人戦対局中の井山裕太棋士(2016年)


 石井九段自身、小学5年から内弟子生活を送った経験がある。

「弟子になったら師匠と毎日でも打ってもらえるかと思っていたら、1局だけ。打ってもらいたい気持ちが私にはありました。どの世界でもよく『教えてもらうものではない。芸は盗め』といいますが、井山は小学1年の子どもだったこともあり、基礎的なプロの感覚は丁寧にきっちり教えるべきだと思いました。それには打つのが一番いい方法」

 と石井九段。井山少年は叱るところのない子だったそうだ。井山の豊かな才能をつぶさぬよう、あからさまな悪手でもない限りは「ほう、そんな手もあるのか」などと、否定しないことを心がけた。

 電話回線で碁を打つのは、会えないがゆえの苦肉の策だったが、「いかつい師匠の顔を見ずに打てるので、井山は楽しく思い切り好き放題。のびのびと打てて、かえって功を奏しました」と石井九段。今の自由な発想をする井山流の原点がここにあるという。

 井山少年は小学3年生から院生(プロの卵)となった。そのころから指導法が対局中心から講評に変わる。井山少年は院生手合で打ったすべての碁を棋譜に書き、自分の反省点などの考えを添えて石井九段に郵送し、石井九段が講評を入れて送り返すようになった。

「打ったあとすぐではなく、少し時間をかけて文章で書くことでじっくり碁に向き合えます。深く考える習慣がついたと思います」(石井九段)

 この書簡のやりとりは、プロ入りしてからもしばらく続き、当時、井山少年が公式に打った碁すべてを石井九段が添削したことになる。「芸事は手に手をとって、愛情を込めていかないといけない」という石井九段の言葉は、どの世界にも通用する考えではないだろうか。

 20世紀までは、日本のナンバーワンが世界ナンバーワンだった。しかし中国や韓国、台湾などにプロが誕生し、グローバル化された現在は世界戦で優勝しなければ、世界一とはいえない。井山七冠はタイトなスケジュールの中、世界戦にも挑戦を続けている。

「世界戦で結果を残すことが子どものころからの目標です。厳しいスケジュールですが、強い相手と戦って得るもののほうが大きい。挑戦し続けないと結果は残せませんから」

 と井山七冠。今以上の過酷な道のりだろうが、日本囲碁界のためにも、早く世界チャンピオンの称号を期待したい。

撮影■内藤由起子

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