◆科学者と「空気」の闘い
科学は長い歴史のなかで、文明や社会を発展させてきたが、黒い歴史もある。つねに権力や戦争が、科学を利用しようと、魔の手をのばしてくる。
ベトナム戦争当時、アメリカはジェイソン機関というものをつくり、ノーベル賞級の科学者にベトナム人を効率よく殺す方法を議論させた。一度、巻き込んでしまえば、戦争反対とは言い出しにくくなる。
権力側は、豊富な資金も広報手段ももっている。研究内容は軍事に関することではなくても、軍事関係機関から研究助成を受ければ、それが目に見えない縛りになる。いや、軍事関係機関でなく、国の助成を受けているだけで、国の方針に反するのはおかしいといわれることもあるそうだ。
真理を探究する科学の徒にも、「空気」はのしかかるのだ。科学者がそうした空気に染まらないようにするにはどうしたらいいのだろうか。益川先生は、科学者も一般の生活者だということを忘れてはいけない、と強調する。
「生活者オンチではダメだ。世の中の流れを知らなくちゃダメなのだ」「科学者である前に人間たれ」
益川研究室の壁には、「戦争を目的とする研究と教育には従わない」「軍関係機関とは共同研究せず資金も受け入れない」という名古屋大学平和憲章が掲げられている。1987年に自ら呼びかけて作成したものだ。