あるとき、飲み会で、カッパの先輩の隣の席になってしまいました。最初は無視をしてたのですが、酔っ払ってきたのもあって、わたしは、「そんでカッパはどうなんですか?」と馬鹿にしたように訊いてみました。すると先輩は、これまでのことは無かったかのように、熱心にカッパのことを語りだしてくれ、しばらくするとわたしは、山形弁で語るカッパの話に聞き入り、彼のことを好ましく思えてきたのです。
そして、いままで馬鹿にしていた自分が馬鹿だったと思えてきました。先輩は言います「カッパは本当にいるんだからな」、わたしは答えます「はい」。けれども、わたしは相当のひねくれ者だったので、「でも、先輩はカッパは好きでも、俺のこと嫌いでしょ」と言うと、「いや、オメエは、俺のことを嫌いかもしれないけど、俺は嫌いじゃないよ。興味がある」と言われました。
そうか、この人はカッパに興味があるくらいだから、わたしのようなひねくれたものに寛大な心を持っていたのだと反省しました。
とにかく嫌な先輩がいても、飲み会の席では、このような和解もあるので、先輩の小言がはじまっても、後輩の皆さんカッとならず、「先輩はカッパはいると思いますか?」と、カッパの話でもしてみると良いかもしれません。もしかしたら殴られるかもしれないけれど、そのときは先輩をもっと嫌いになりましょう。
●いぬい・あきと/1971年東京都生まれ。作家。「鉄割アルバトロスケット」主宰。2008年小説家デビュー。『ひっ』『ぴんぞろ』『まずいスープ』『どろにやいと』が芥川賞候補に。『すっぽん心中』で川端賞受賞。著作『俳優・亀岡拓次』が映画化。現在DVDが発売中。『のろい男 俳優・亀岡拓次』で野間文芸新人賞受賞。新刊に『ゼンマイ』(集英社)。散歩ばかりしている。
※週刊ポスト2017年12月22日号