そうしたゴタゴタに対し、行く先々の自然の素晴らしさは思わず見惚れてしまうほど。それもいわゆる名所旧跡よりは、その土地土地で違う植生や、スリランカの古代都市の〈サルのなる木〉、町で見かけた素朴な少女や土産物を氏のカメラは捉え、それらが本書内ではパッチワークさながらに旅の全容を編み上げる。
「サルのなる木は、木の上にサルが沢山いて、本当に実みたいに見えるんです。料理も写真で見るとみんな美味しそうだし、評価とは関係なく、そこに存在しているというだけで素敵です。
私は人が介在しない景色や珍しい動植物を見るのも好きだけど、好ましい体験だけを求めているわけでもありません。大事なのは自分が何を感じ、出会った人や景色との間に何が生じたかで、どんなに嫌でつまらない旅にも必ず価値があると思うんです。つまり興味があるから行くんじゃなく、行きたくなった先が目的地になる。そして、やっぱり嫌いなままだったり意外なものを好きになったりする点は、それこそ人生に近い。
ただ最近は幸福感が無くなってしまって。若い頃は容れ物が小さいから感情が溢れるのも早かった。今は物事の好き嫌いが境目を失い、何があっても恬淡(てんたん)としていられる分、100%嬉しいとか哀しいとかもない。ずっとそうなりたかったという意味では夢は叶いました。それなのに幸せでも不幸でもないなんて、何だか皮肉で淋しい話ですね」
美しいものもそうでないものも、全てはそこにあるという真実を詩人が丸ごと活写する時、私たち読者の見る景色までが音を立てて変わる。おそらく表題にはこんな旅は二度とできないし、誰にもできないという二重三重の意味が含まれ、旅路にあろうとなかろうと人生の一回性を享受するほかない生きとし生ける者への憐れみが、この風変わりな旅行記には横溢していた。
【プロフィール】ぎんいろ・なつを/宮崎県出身。詩人。1985年に第一詩集『黄昏国』でデビュー。以来写真詩集やイラスト詩集を幅広く手がけ、エッセイ集も多数。また作詞に大澤誉志幸『そして僕は途方に暮れる』や、2011年NHK全国学校音楽コンクール課題曲『僕が守る』など。最新刊は『まっすぐ前 そして遠くにあるもの』(幻冬舎文庫)。「旅仲間を見つけるのって本当に難しくて、娘とは一度行って懲りました(笑い)」。158cm、O型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2018年2月9日号