サゲは「あんな奴、表から帰さず裏から帰せばよかった」「いや、あんな奴に裏を返されてみろ、たまったもんじゃない」。このルーツは従来の「おこわにかけられた」「旦那の頭がゴマ塩ですから」に代わって談志が考案した「裏を返されたらあとが怖い」で、友人である五代目圓楽はその変形「裏を返すのは懲りた」でサゲていた。
だが談志や圓楽は佐平次が去るとすぐに若い衆が「旦那、なんだってあんな奴を表から帰すんですか」と抗議してサゲに至るのに対し、王楽は様子を見に行った若い衆に佐平次が「俺は居残りを商売にする佐平次って者だ」と告げる。通常、この佐平次の捨て台詞が真実かどうかは曖昧、というよりおそらく嘘なのだが、王楽の場合はそれを伝え聞いた主人が「噂には聞いたことがあったが、あいつがそうか!」と合点する。王楽は佐平次を本当に「居残りを商売にする男」にしたのである。
王楽に話を聞いたところ、エンディングには改善の余地があると彼は言い、たとえば「佐平次が素早く去ったあと、追ってきた若い衆が『いねぇな……あれ?』と瓦版を拾い、居残りを商売にする男の記事を読んで『大変です!』と主人に報告に行く」みたいな流れも考えているのだと教えてくれた。サスペンス映画を思わせる、素晴らしいアイディアだ。ぜひその型で演ってみてほしい。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2018年4月13日号