実際にその決心の通り、『心中天網島』をはじめとする篠田監督とのコンビ作などを通して、岩下は女優としての評価を高めていく。
だが一方で、それは二人の子どもにとっては両親が揃って家を空けてしまうということでもあった。
「その当時、娘を見ていてもらった人に『岩下さん、お願いですから仕事を辞めてください。お嬢さんかわいそうです』と言われたこともあります。『お手伝いさんと二人だけじゃかわいそうです』と。その方には泊まり込みで保母さんというかたちで来てもらっていたんだけど、その人に拝むように言われたことがあって。それもあって、私は物凄く悩んでいました。
いまだに子どもには『ごめんなさい』っていう感じがあります。長い間、犠牲にしてしまいましたから」
『草燃える』『独眼竜政宗』『葵 徳川三代』と、出演した三本のNHK大河ドラマでは全て「乳母が長男を養育するという武家の風習のために、我が子と相克の関係になってしまう」という母親の役を演じている。
「子どもが自分よりも乳母に懐いてしまうというのは、母親としてとても寂しいことだと思うんです。でも、当時はそうしないといけなかった。そういうしきたりの中で生きなくてはなりませんから、しょうがなかった」
自身も葛藤の中で過ごしてきたからこその言葉に思えた。
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
※週刊ポスト2018年4月20日号