スポーツ

今なお響くオシム金言「信じよ。相手をモンスターと思うな」

オシム氏は世界各国で豊富な指導経験を持つ(写真:Athleteplus Inc.)

 ロシアW杯大会2か月前の突然の代表監督交代劇は、その背景の不透明さから様々な憶測を呼び、メディアやサポーターからもサッカー協会に対する批判が挙がった。しかし、日本が初戦に勝利すると世間の論調は一転。かつて日本代表の指揮を執ったイビツァ・オシムは、そんな状況に「客観性を保つことが重要。希望的観測で飾られた言葉には意味がない」と警鐘を鳴らしてきた。『オシム 終わりなき闘い』(小学館文庫)を上梓したジャーナリストの木村元彦氏は、「今一度、オシムの仕事を伝えたいと強烈に思った」という。2018年の今なぜオシムなのかを、木村氏が解説する。

 * * *
 6月12日。トランプ大統領と金正恩労働党委員長が対面し、歴史上初めてのアメリカと北朝鮮の首脳会談が行われた。70年に渡って対立の続いた両国であるが、直接対話がついに始まった。米朝の歩み寄りに尽力したのは、朝鮮戦争の当事者でもある韓国の文在寅大統領だった。その功績を讃える声があがる一方で、韓国内では拉致被害者の遺族などから、「北のスパイ」「アカの手先」というバッシングも少なくなかった。

 4月に済州島4・3事件の70周年の取材にソウルに入った際、光化門広場の前で星条旗と太極旗、そしてイスラエル国旗を振りながら、「文在寅を殺せ!」と叫んでいる女性に遭遇した。なぜイスラエル国旗なのか?と問いかけると、「国を売り渡した文在寅をモサドに暗殺して欲しいのだ」と即答された。街頭では文大統領をディスりまくるラップが流され、アンチのデモも路上に姿を現した。

 殺し合いをさせられ、その後も分断が長期化するとそのパワーバランスの中では、何もしない方が楽なのだ。さらに言えば、分断されていることで既得権益を生み、表向き「統一」を叫びながら、実は統合を望まない勢力が確かにいる。敢えて下世話な言い方をすれば、平和の仲介者ほど割が合わないものはない。それでもどんな苦難があろうが、前に進まなければならない。

 背景も歴史も異なるが、私はあらためてイビツァ・オシムが4年前のブラジルW杯に向けて行った民族融和の闘いに思いを馳せた。

 オシムの故郷、ボスニアでは、ユーゴスラビア崩壊に伴い、かつて共存していたムスリム、クロアチア、セルビアの三民族の間で血で血を洗う凄惨な紛争が起きた。1992年に始まったそれは、約3年半続き、互いに異なる民族を排除、殺害する『民族浄化』や女性に対する集団レイプ、収容所で強姦して堕胎が出来ない時期になるまで拘束する強制出産など、ヨーロッパ最悪の紛争となった。

 1995年に米国など調整グループの調停で「デイトン合意」がなされると、ボスニアはムスリムとクロアチア人が主体の「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」とセルビア人を中心とした「スルプスカ共和国」の二つのエンティティー(構成体)に分割された。とりあえず戦争は終結したが、遺恨は温存されて解決が先送りにされたに過ぎなかった。

 デイトン合意では、国家元首を一人にすることは叶わず、8か月ごとに三民族の代表が輪番制で就任する大統領評議会が設けられた。そして、三民族の代表たちは融和など望んでいなかった。相手を罵倒し、「愛国者」になることで求心力を得て、それぞれの利権を確立した政治家は対立をむしろ利用し合っていた。ボスニアサッカー協会もこれに準じたわけである。

 モラルは低下し、汚職にまみれた。ひとつの協会に3つの民族の会長が君臨したことを問題視したFIFAは、一元化をするように勧告したが、ボスニア協会はこれを実現できず、2011年4月、ついには除名されてしまった。ボスニアからサッカーが消滅したのだ。そこで乗り出したのが、オシムだった。

関連記事

トピックス

2014年に結婚した2人(左・時事通信フォト)
《仲間由紀恵「妊活中の不倫報道」乗り越えた8年》双子の母となった妻の手料理に夫・田中哲司は“幸せ太り”、「子どもたちがうるさくてすみません」の家族旅行
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(左/Xより)
《大学時代は自由奔放》学歴詐称疑惑の田久保市長、地元住民が語る素顔「裏表がなくて、ひょうきんな方」「お母さんは『自由気ままな放蕩娘』と…」
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《自宅から遺体見つかる》遠野なぎこ、近隣住民が明かす「部屋からなんとも言えない臭いが…」ヘルパーの訪問がきっかけで発見
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信)と妊娠中の真美子さん(大谷のInstagramより)
《大谷翔平バースデー》真美子さんの“第一子につきっきり”生活を勇気づけている「強力な味方」、夫妻が迎える「家族の特別な儀式」
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(HP/Xより)
田久保眞紀市長の学歴詐称疑惑 伊東市民から出る怒りと呆れ「高卒だっていい、嘘つかなきゃいいんだよ」「これ以上地元が笑いものにされるのは勘弁」
NEWSポストセブン
東京・新宿のネオン街
《「歌舞伎町弁護士」が見た性風俗店「本番トラブル」の実態》デリヘル嬢はマネジャーに電話をかけ、「むりやり本番をさせられた」と喚めき散らした
NEWSポストセブン
横浜地裁(時事通信フォト)
《アイスピックで目ぐりぐりやったあと…》多摩川スーツケース殺人初公判 被告の女が母親に送っていた“被害者への憎しみLINE” 裁判で説明された「殺人一家」の動機とは
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《女優・遠野なぎこのマンションで遺体発見》近隣住民は「強烈な消毒液の匂いが漂ってきた」「ポストが郵便物でパンパンで」…関係者は「本人と連絡が取れていない」
NEWSポストセブン
記者が発行した卒業証明書と田久保市長(右/時事通信)
《偽造or本物で議論噴出》“黄ばんだ紙”に3つの朱肉…田久保真紀・伊東市長 が見せていた“卒業証書らしき書類”のナゾ
NEWSポストセブン
JESEA主席研究員兼最高技術責任者で中国人研究者の郭広猛博士
【MEGA地震予測・異常変動全国MAP】「箱根で見られた“急激に隆起”の兆候」「根室半島から釧路を含む広範囲で大きく沈降」…5つの警戒ゾーン
週刊ポスト
盟友である鈴木容疑者(左・時事通信)への想いを語ったマツコ
《オンカジ賭博で逮捕のフジ・鈴木容疑者》「善貴は本当の大バカ者よ」マツコ・デラックスが語った“盟友への想い”「借金返済できたと思ってた…」
NEWSポストセブン
米田
《チューハイ2本を万引きで逮捕された球界“レジェンド”が独占告白》「スリルがあったね」「棚に返せなかった…」米田哲也氏が明かした当日の心境
週刊ポスト