「甲子園での勝利数の日本一もいますが、僕は“ノックなら日本一の監督”と思ってやってきた。でも、昨年あたりから足腰がふらついてノックバットが振れなくなった。外野まで飛ばせなくなったら選手に申し訳ないのでユニフォームを脱ぐ決断をしました。
僕がノックを大切にしてきたのは、ノックは選手と監督の一番大事なコミュニケーションだと思うからです。守っている選手のグラブが届くか届かないか、ギリギリのスピードとコースに打つ。グラブをかすめながら、ボールが後ろに転がっていく。そうすることで守備範囲が少しずつ広がり、“飛び込んででも捕る”という精神が鍛えられると思うんです」
豊田に「高校野球の時代の変化」を尋ねると、静かに語り始めた。
◆エースでもベンチから外した
近大附属時代の豊田は、試合中に気を抜いた選手をベンチ前に正座させ、練習では5時間ぶっ続けのボール回しをさせるなど“超スパルタ指導”で知られ、「キンコーの鬼」と呼ばれた。