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2018.09.07 07:00  週刊ポスト

津川雅彦さん、溝口健二監督に5歳で出会ったときの思い出

存在感がある役者だった(撮影/藤岡雅樹)

 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、先日亡くなった俳優の津川雅彦さんが、子役として出会った溝口健二監督について語った言葉を紹介する。

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 先日、津川雅彦が亡くなられた。本連載には昨年ご登場いただいているが、その取材は大いに盛り上がり、連載史上で最も長時間のインタビューとなった。そのため、未掲載のエピソードも多い。そこで今回と次回はその中の一部をご紹介することで、追悼の意を表したい。

 津川は一九四〇年生まれ。日本で最初の映画監督である祖父・牧野省三をはじめ、親族の多くに役者や映画監督をもつ芸能一家に育つ。当人も五歳で子役としてデビュー、五四年には巨匠・溝口健二監督の『山椒太夫』に出演している。

「溝口監督は子どもの扱いに慣れてないのか、とにかく厳しかったんだ。覚えてるのは、たき火にあたっているシーンだな。

 田中絹代さんと浪花千栄子さん、それに姉役の人と四人で火を囲んで談笑をしているって芝居で、僕は背中しか映っていないんだけどさ。そうしたら監督が『加藤君(津川の本名)、笑いなさい』とおっしゃるんだよ。それから監督は『反射しなさい』ともおっしゃってきて、これもどういうことか分からない。

 そしたら、田中先生が『溝口先生が思っている想いを俳優は反射して表現するものなんだ』と説明くださったんだ。でも、子どもにそんなことを言ったって分からないよね。監督が言いたかったのは、『肩が笑ってない』ということなんだよ。顔が映っていないから、肩で『笑っている』ことを表現しないといけない。でも、どうしたら肩で笑えるのか分からなかった。

 そしたら、また田中先生が助けてくれてね。『マー坊ね、はっはっはっはって笑うと、肩が動くでしょう。そういうふうに肩を動かせばいいのよ』って教えてくれたんだよ」

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