〈小説は無力だ〉〈売れない小説は、ただのモノ〉等々、寺脇たちの発言も正論ではあろう。が、登さんと出会い、読む喜びと書く苦しみに魅入られた一真は、昔と今がないまぜになった老女の姿に思う。〈すべて、ただの虚構だ。しかし、その虚構が、死にむかいつつあるおばあさんをとり巻く世界を一変させ、いま・ここで生きるささやかな力になった。その力の源に、きっと小説のルーツがある〉

 口下手な彼がやっと絞り出したこの一言こそ、著者自身の嘘のない思いであり、全ての人の希望でもあろう。

「寺脇が言うように小説は今、ますます無力になりつつある。ただ最近のトランプ氏や政治家の弁を聞いていると言葉が酷く蹂躙されている気がして、今一度言葉を美学の側から照らす必要を強く感じるんです。そのためにも小説には存在意義が十分あると、今では思えるようになりました」

 だから本以外の風俗描写は極力避け、「小説の素晴らしさだけが横溢する世界」を書こうとしたと氏は言い、その贅沢さや豊かさもまた、一つの答えではある。

【プロフィール】くぼでら・たけひこ/1969年足立区生まれ。「僕と一真はほぼ同い年。未成年が普通にスナックに出入りするのは、時代性というより地域性です(笑い)」。立教大学法学部卒、早稲田大学大学院日本文学研究科中退。塾講師の傍ら執筆を続け、2007年『すべての若き野郎ども』でドラマ原作大賞選考委員特別賞、『みなさん、さようなら』(2013年に映画化)でパピルス新人賞、「ブラック・ジャック・キッド」で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞。165cm、55kg、B型。

■構成/橋本紀子 ■撮影/三島正

※週刊ポスト2018年10月5日号

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