「インチキじゃない小説が書きたくて、僕は7年かかってしまったんですけどね。例えばハリウッドの脚本家シド・フィールドは、まずは56個の場面をカードに書きだせと言っていて、僕もやってみました。
昔は一真たちのように好きな作家の模倣もしたし、小説の神様なんていない以上、どんな方法でも愚直に試し、バカに徹してこそ作家だと思う。当初はそんな機械的な書き方では物語の流動性を奪うのではという反感もあった。でも結局そんなことはなかったし、自分こそ物語をナメていました」
ホールデンの孤独を共有し、心から信じあえる相棒となった彼らは、試行錯誤の末、ついにD社の新人賞を受賞。その間、率直すぎる感想で登さんを奮起させたのが、一見風変わりで実は美形な〈高木かすみ〉。一真の初恋の人だ。
ちなみにカフカ『変身』に着想を得た受賞作〈『鼻くそ野郎』〉は、ある日突然、言葉が〈●〉にしか見えなくなった男が、ある少女と出会い、世界を取り戻していく話で、文字が鼻くそに見える登さんの実感がベースになっていた。が、担当編集者はさすがに表題の変更を求め、かすみの発案で〈『君といれば』〉と改題したデビュー作は幸い大好評。二人は全身黒ずくめの覆面作家、倉田と健人としてTVにも出演、注目を集めた。
だが刊行早々版を重ねる初短編集〈『ふたりの季節』〉を酷評し、「贋作」扱いの★3つにランクしたのが、超エリートの評論家〈寺脇〉だ。登さんは激高したが、一真はその分析力にどこか魅かれてもいた。その後も登のおばあさんが倒れるなど、凸凹コンビには試練ばかりが待ち受ける──。
「例えば彼らが書こうとして挫折する作中作『神様がいた頃』は僕自身が挫折した長編で、虚構の中の虚構であっても読むに足るよう、優に5、6作分は自信作の構想を使ってます(苦笑)。実は前作の連載を終えたのが7年前の3月15日。大震災を目の当たりにした後、小説の中の希望に何の意味があるのか、たぶん小説や虚構の力について、僕自身が納得したかったんです」