加えて、国内では度重なる自然災害の現場を訪れ被災された人々を励まし、その際の情景を数多く詠まれた。
《大いなるまがのいたみに耐へて生くる 人の言葉に心打たるる》(平成23年)
《幼子の静かに持ち来し折り紙の ゆりの花手に避難所を出づ》(平成29年)
いずれも今上天皇の実直な人柄と、民とともに歩かんとする、天皇としての心の深みがおのずから出たお歌である。
古来、いついかなる時も天皇は歌を詠み、平和への祈りを捧げながら、死者の魂の鎮めをひたすらに心がけてきた。そうした積み重ねが、長い間に鍛えられて凝縮された和歌の言葉とともに染み通り、日本人の心を穏やかにしていく。
先の戦争中、外国から日本人は好戦的と言われたが、日本人ほど「和する心」を持つ民族は少ないのではないか。日本人には、他者と響き合い、心を交わし合うという、言葉の持つ最も大事な力を結晶させた和歌が根づいている。
私たちは、古事記の時代から伝わる伝統的な言葉のありようを、次代に受け継いでいく必要がある。平成が終わり次の時代になっても、天皇がよき歌人であられることを切に願う。
【PROFILE】岡野弘彦●1924年三重県生まれ。歌人・國學院大學名誉教授。國學院大學国文科卒。在学中より折口信夫(釈迢空)に師事。1979年から歌会始選者、1983年から和歌の御用掛となる。『折口信夫伝』、『万葉秀歌探訪』、『歌集 美しく愛しき日本』など著書多数。
●取材・構成/池田道大
※SAPIO2018年9・10月号