1988年の秋、昭和天皇の病気が重くなって大量の輸血が始まった。当時、陛下は敗戦直後に詠んだ「爆撃にたふれゆく民の上をおもひいくさとめり身はいかならむとも」という歌が、自分の心をあらわす最もよいかたちであるとは思わず、病床でも推敲を重ねられた。

 徳川義寛侍従長から、「病床の陛下が『きちんとしたかたちを決めておきたい』とおっしゃっている」と告げられ、天皇の直筆で幾通りも推敲された草稿から私は次の歌を選んだ。

《身はいかになるともいくさとどめけり ただたふれゆく民をおもひて》

 抒情的な歌ながら、こころが深くあらわれ、しらべがすっと通る。推敲の深まりは心の深まりであり、昭和天皇は敗戦から43年間、「たふれゆく民」を胸に抱き心を深めていたのだ。

 こうした思いを受け継いだのが今上天皇である。戦争で大きな被害を受けた沖縄訪問を望みながら果たせなかった昭和天皇の心を継ぎ、今上天皇は何度も沖縄を訪れた。国内だけでなく、海外で日本兵が戦った地を積極的に訪問し、幾多もの鎮魂の歌を詠まれた。

《沖縄のいくさに失せし人の名を あまねく刻み碑は並み立てり》(平成7年)
《あまたなる命の失せし崖の下 海深くして青く澄みたり》(平成17年)

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