また、元同僚の〈圭子〉や神出鬼没の元KGB職員〈クラーラ〉という2人の女によっても砂田の人生は振り回され、誰もが時代には抗えない中、砂田がかつて馬越や圭子と分け合った〈ダブルソーダ〉は生産中止となり、千疋屋も改装。幾多の思い出を呑み込んで変わりゆく東京はその実、歴史を描く格好の舞台でもある。砂田が3章「崩壊前夜」で、あるロシア関係者にまんまと逃げられる東京駅京葉線の地下通路は、高度成長期に頓挫した成田新幹線の夢の跡だったりした。
「私としては物語の展開上、標的の移動ルートや逃げ道を、毎回必死に探しているだけです。すると、必ずその手の遺構が地下にあることが判明するんです。ただ、そうした夢の残骸も含めて歴史の地層とすれば、東京は実に掘り下げ甲斐のある舞台ではありました」
どこまで掘っても昭和に行きつく平成も終わろうとする今、同じ過ちを繰り返すかどうかは私たち次第。一見報われない砂田の人生は、次なる時代を切り拓くための有用な鏡でもある。
【プロフィール】つきむら・りょうえ:1963年大阪市生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒。2010年『機龍警察』で小説家デビュー。2012年『機龍警察 自爆条項』で第33回日本SF大賞、2013年『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞、2015年『コルトM1851残月』で第17回大藪春彦賞、『土漠の花』で第68回日本推理作家協会賞。著書は他に『神子上典膳』『影の中の影』『ガンルージュ』『黒涙』『追想の探偵』『水戸黄門 天下の副編集長』等。176cm、63kg、A型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2018年11月9日号